引き算ができない彼女のために

きりしま

序章

 俺、騎士になる。

 騎士になって、『数持ちの騎士』になって、一生シャラのこと守っていく。

 だから、俺が迎えに行くまで待っててくれ。

 絶対に、待ってろよ。

 それは少年が学校を卒業する、まさにその日掲げたひとつの約束。

 当時まだ半分子どもだった彼が、それでも一人前の男として立てたつもりの誓いだった。

 その言葉は、もちろん冗談などではなかった。

 きまぐれだとか、一時の気の迷いだとか、そんな軽はずみなものでも決してなく、真実彼は騎士を志し、生涯彼女を守り抜くことを心に決め、その想いを言葉にしたのだ。

 そんな彼の申し出を、彼女はしきりにまばたきしながら聞いていた。

 金色のまつげが実に忙しく動いていたことを、少年ははっきりと記憶している。

 それから、ひととき戸惑っていた彼女が確かに頷いたことも――その拍子に彼女の長い金髪がさらさらと流れたことも。

 まるで、昨日の出来事のように覚えていた。

 だから彼はその瞬間頭が真っ白になった。

「シャラ、結婚しよ」

「………ご…ごめんなさい……」

 騎士団入りを目指して修業に明け暮れ、入団後できるなら避けて通りたかった泥沼の出世競争に、それでも自ら身を投じ、周囲にいびられ、叩かれ、踏まれ蹴られ、ようやく下級だが同世代の誰も持っていない階級を手に入れて――彼はその時が来たことを疑っていなかった。

 疑う余地もなかった。

 だから迎えに行ったのに――

(たった五秒でふられた……)

 カリブ公国王従騎士団棍棒二番ソーレイ・クラッド。

 人生初の求婚は、その日降った初雪のごとく、実にはかなく消えていった。

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