被告人「勇者A」~勇者の証を得るためダンジョンに籠っていたら争いが終わってました~

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)

第一話 高校生の日常

 その日、『電脳遊戯部』の部室には誰もいなかった。



「あー、そっか。今日って『ワビハン』の新作発売日だったっけ……」



 ワビハン――『ワイルドビースト・ハンター』とは、二〇〇四年の発売以来、ファンを熱狂させ続けているモンスター・ハンティング・アクション・ロールプレイング・ゲームだ。


 ネットワーク経由で四人同時のリアルタイム接続によるプレイが可能。プレイヤー――ハンターたちは『ビースト』と呼ばれる巨獣を相手に、仲間との絆とチカラと知恵を駆使して戦いを挑む。そして、戦利品として獲得ドロップした角や皮などといった部位素材や、フィールド内に点在する草木や鉱物などの天然素材を組み合わせることで、より強力な装備品を開発することができる。その多種多様な工作クラフト要素が、ハンターたちをきつけてやまない中毒性を持っていた。


 他にも、川や湖があれば泳いだり釣りしたり、かまどや鍋を工作して料理技術を磨いたり、フラスコや蒸留器を工作して強力な魔法効果を付与するポーションを製作ことだってできる。ハンターの工夫次第で遊び方は無限という自由度も『ワビハン』ヒットの大きな要因のひとつだ。



 そんな『自由な異世界生活』が可能な『ワビハン』の集大成ともいえる第十作目『Deichデイヒ』(ケルト語で『10』のこと)の発売日が今日なのだった。




 なの、だが。




「くっそ。ウチの部で本体持ってない勢は俺だけかよ……」



 本当なら俺だってやりたい。

 初日から全力で廃人プレイしたい。



 学校休むまで余裕で考えるし、考える前に実行する決意と覚悟があった。廃ゲーマーを常に苦しめる、あの耐えがたい尿意すら自在にコントロールできる、そんな自信があったのだ。


 しかし、である。


 ゲームメーカーの陰謀だかオトナの事情だかで、シリーズを重ねるごとにプレイ可能なゲーム機本体を新発売するのはマジでやめて欲しい。


 こちとらまだ高校二年生だ。校則でアルバイトは禁止されてるし、海外出張で不在がちの両親は必要最低限の生活費しか口座に入金してくれない。そんな逼迫ひっぱくした状況下で、家電並み価格の最新ゲーム機なんて、そうほいほい買えるワケがなかった。



「さすがに誰もいないんじゃ帰るしかない……。とうとう山田も買ったんだな、本体。くそっ」



 どのみち部室のパソコンでは、できることはしれていた。


『電脳遊戯部』などと大それた名前が付いてはいるものの、市販ゲームの持ち込みは一切禁止で、やれることといったら自作ゲームのプログラミングかデバッグくらい。ネットにもつながっていないので、サーバ連携のプログラムはおろかちょっとした情報収集にも一苦労なのだった。



「つーか、あいつら、帰るんならカギくらいかけとけよな、もう」



 はぁ――溜息とともにポケットをまさぐり、部長と副部長にだけ貸与されている部室の鍵で鍵をかけた。ちなみに俺は副部長。どうでもいいか、そんな情報。だらだらと長い階段を降り、部室棟を出て渡り廊下を渡って昇降口へと向かった。




 どうでもいいついでに言うとこの俺は、斬る・蹴る・殴るの殺伐系アクションより、じっくり考える系の推理アドベンチャーの方が好きなのである(誰も聞いてはいない)。


 なかでも最近一番のお気に入りは、『くーげるでぃべーと』だ。


 物語は閉鎖された謎の廃校で幕を開ける。そこに集められ、監禁されたのは、それぞれ『超一流』の特技を備えた一〇人の高校生たち。彼らは協力して廃校からの脱出を試みるが、突如殺人事件が起こり、メンバーの中に一人だけ裏切者がいることが発覚して状況が一変する。


 このゲームの真髄は、『学級裁判』と呼ばれる議論のパートだ。


 メンバーそれぞれの発言を聞きながら、犯人は誰なのか、裏切者は誰なのかを推理して、最終的に多数決で一人を『追放』することになる。面白いのは、この時点では推理が正しかったのかどうかがわからないところだ。一人また一人とメンバーが減っていき、最終的に三人だけ残ったラストシーンでようやくすべてが明かされるのである。


 マルチ・ストーリー形式なので、プレイするたび犯人と裏切り者は変化する。フルボイスの『学級裁判』は、まさに豪華な参加声優陣の腕の見せ所というヤツだ。鬼気迫る迫真の演技に思わず惹きこまれてしまう。まさにあれこそが、噛めば噛むほどのスルメゲーだと俺は思う。



 ――ヴーッ。


 不意にメッセージ着信を知らせるバイブ音が通学鞄の中から聴こえ、やけに大きく響いた。



「うぉう! あっぶなー、電源切り忘れてたか……。やべやべ」


 生徒会の努力の甲斐あって、校内へのスマートフォンの持ち込みはOKになったものの、校内では必ず電源をOFFにする規則だ。違反が見つかれば即没収されてしまう。昇降口に辿り着いた俺は、慌てて靴を履き替えてダッシュで校門を出た。そこでようやく通学鞄の中からスマホを取り出して通知を確認する。



『くっそ。身内で本体持ってない勢はあたしとえーちゃんだけか(‐A‐)』


「一緒にすんなっつーの! ……ま、持ってないけどな」



 幼なじみの美湖みこからのLIMEだ。

 はぁ、と溜息をつきながらも、同じ『持たざる者』の存在が地味にうれしかったりもする。


 美湖――桜咲さくらざき美湖みことは、小学校からの付き合いだ。昔はよく互いの家にお邪魔して遊んだりもしたけれど、今はもうすっかりやらなくなった。美湖は私立女子高なので、日常生活において接点もない。けれどゲームの世界では、いまだに毎晩のようにつるんでプレイするかけがえのない相棒なのであった。



「えーと……『一緒にすんな。でも、お前が買ったら考える』っと。……うぐっ! 酒臭っ!」



 鼻先をくすぐる春風に乗って、強烈なアルコール臭が前触れもなく直撃し、少しほんわか気分に浸っていた俺は思わず顔をしかめた。


 スマホのスクリーンから顔を上げ、最寄り駅まで続く道を見回したが、それらしき人影どころか人っ子ひとり見当たらない。うっかり買ったばかりの酒瓶を割ってしまった主婦でもいたのだろうか? でも、そんな痕跡はなかった。学校周辺は新興住宅地ということもあって、今まで一度もホームレスのたぐいを見かけたこともない。




 うーん……じゃあ一体、どうして?




「んんん!? あれは――!」



 我が目を疑う光景に、思わず声が出る。


 ひらひらと派手な衣装を身にまとった人の姿を模した小さな生物が、駅まで続く道の先を、ふらり、ふらり、と横切っていく。あれって……まさかとは思うけれど……妖精……か?



「ういー……。ひっく!」



 赤ら顔をした妖精は、妙に甲高い声でしゃっくりを一つすると、俺の存在にもまったく気づかない様子で、人ひとり入るのがやっとの狭い路地へとゆらゆら飛んでいった。足音を立てないように慎重に、俺はその後を追った。




 だって、妖精が実在するなんて信じられないじゃん?

 UMAじゃん!




 が、勢いつけて飛び込んだその先にあったものは――。



「うわ……うわああああああああああああああああああ! ちょ! 何だこれえええええ!」



 路地に飛び込んだと思ったら、そこには虹色に揺らめく光の壁のようなものがあったのだ。ヘタに勢いをつけていた俺は、もう止まることもできずにその壁に向けてまともに――。



「うぉおおおおお! ぶ、ぶつか――!?」



 衝撃はなかった。


 代わりに瞬時に浮遊感が全身を包み込む。ねっとりとして不愉快な感覚。妙に空気が甘ったるく、耳元で誰かが早口で囁き続けているかのような気色の悪さ。落ちていく先は見えない。



(やば……! これは……死ぬかも!?)



 恐怖感と、目まぐるしく視覚を刺激する七色――いや、もっとかもしれない――の光のまぶしさに、胃の内容物が、ぐっ、と込み上げてきて、俺は遂に耐え切れず目を閉じてしまった……。




 暗転――。



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