第14話 ひな人形の怪(5)

「ほほほ。今度こそ終わりだ。」鬼女が太刀を持ってじりじりと迫ってきた。


颯さんも倶利伽羅剣くりからけんを右手に持ち羂索けんさくを腰に携えた。私は精霊の笛を手に持っている。

颯さんは早口で囁いた。

「明日香、さっきは結界に守られたが今度は通用しない。鬼女となった妖鬼の憎しみは百倍になる。それがあの太刀に移りどんな物も斬ってしまう恐ろしい威力の最強の太刀になっている。」

「颯さんの剣も壊してしまうということですか?!」


「否定はしない。だが必ず勝機はある。」

「はい!」


鬼女となった妖鬼は一切の隙が無かった。間合に入って、下ろしていた太刀を少しづつ円を描く様にゆっくりゆっくり持ち上げた。

決して狙った獲物を逃さない強烈な殺気が全身から漂っていた。


颯さんも剣を構えて微動だにせず、絶対に隙を見せない。背中には迦楼羅の炎を纏っているように見えた。一瞬の気の緩みが命取りとなる。

凄まじいという言葉では言い表せないほどの殺気と殺気がぶつかり合っていた。


どれ位膠着状態が続いていたのか定かではないが、突然静寂が破られた。鬼女が太刀を振りかざして斬りかかってきたのだ。


キーン!ガキッ!鍛え抜かれた剣同士がぶつかる音がした。振りかぶって剣を打ち下ろす鬼女。

それを握っている柄に力を込めて思い切り押し返す颯さん。キーンキーン、ガッ!カキーン!

目にもとまらぬ速さで攻防が繰り返される。ここに私が入る事は不可能だ。まさに互角の戦い。

だが、段々颯さんが押され気味になってきた。鬼女の剣があまりに強靭であることに加え、通常の刀には有り得ない機能があった。それは”しなる”ことだった。倶利伽羅剣には無い機能で、どんなに刃を交えても折れる事は無く、段々と劣勢に追い込まれていた。


その時私は、この状況をどうにか変えようと考えていた。

そういえば、さっき聞いた助けを求める声が、妙に気になった。

あの声は妖鬼が幽閉されていた時の苦しみの声なのだろうか…。それとも、憎しみの心から開放されたいという深層心理の声なのか…。


私は精霊の笛を構え、一か八か確かめてみようと思った。これは賭けだった。

選んだ曲は”瞑想曲”。いわゆるヒーリングミュージックだ。周波数によって効果が違うと言われる。

396Hzという周波数は恐怖や罪の意識、心の解放といった効果がある。


柔らかく甘やかな風に揺れる花や木々。優しい鳥の囀り。さらさらと流れる小川。静かに凪いだ湖は、魚が優雅に泳ぎどこまでも透明で美しい。そんなイメージをしながらゆったりと心地よく 穏やかな気持ちで笛を吹いた。


時間にすれば2~3分位だと思う。激しい戦いが突然止まった。太刀を落とした鬼女が胸を押さえ、苦しそうにハアハアと息を切らせたのだ。

「や、めろ。その笛を吹くのをやめろ。・・・うぅ、苦しい!」そう叫んだ。

私はその声も聞こえない程に集中して尚も吹き続けた。

鬼女は喉と胸を掻き毟るような仕草を見せて苦しんでいる。「あ、ああー!苦しい!!やめてくれ!」颯さんはこの隙に鬼女を素早く羂索で縛った。


すると、鬼女の声が少女の声に変わった。「ああ、どうか助けて。お願い、ここから解放して!」

やはりあの声は深層心理の声だった…。そう確信を持った。


颯さんは「憎しみを捨て、生まれ変わりたいか?」と聞いた。

「もう、苦しむのも憎むのも疲れたわ。こんな姿でここに居たくない。お願い解放して!」

と、切実に訴えてきた。だがそれは一瞬の出来事で、すぐ鬼女の声が戻った。「う!小癪な!捻り潰す!」と叫んで凄まじい力で羂索を引き千切ってしまった。


「分かった。願いは必ず叶える。」そう言ってから「明日香、そのまま笛を続けるんだ!」と私に言った。

心得たと目で合図して、心を落ち着けて優しくひたすら吹き続けた。


鬼女は苦しみつつも私に狙いを定め、太刀を拾って体制を立て直しよろめきながらも私に向かって太刀を振り上げ「○ねー!」と叫び襲い掛かった。

同時に颯さんの剣が目にも止まらぬ速さで鬼女の胴を捉えたのだった・・・。


一瞬の静寂の後、ドサッ!という音と共に鬼女は倒れて動かなくなった。

そして鬼女の姿が消え妖鬼の姿に戻った。その顔つきは先程と違って優しく穏やかな顔になっていた。

口の端から血が出ているがまだ息があった。


「ありがとう。これでやっと解放された。」

「お前は生まれ変われる。今度は幸せになれ。」

「ふふ。そうだな。お前達にその役目を引き受けてもらおうか。」と不敵な笑みを浮かべた。


「ならば、暫く待つしかないぞ。」と、颯さんは苦笑した。

私は「え?!どういうこと?」と意味が分からずきょとんとしてしまった。


すると、二人同時に「いずれ、分かる。」と言われたのだった。

数年後、この言葉の意味は理解出来た。その時になって”鈍いにも程がある”と自分で自分に突っ込んでしまったのは内緒だ。


こうして、無事に浄化を果たした私達は家へと帰り、翌日には嬉しい知らせが届いた。

瑠衣の意識が戻ったとお祖母様から連絡を受けて病院へと向かった。


病室に入ると意識を取り戻し、にっこりとほほ笑んだ瑠衣の姿があった。

「瑠衣、良かった!気分はどう?」

「もう大丈夫。心配かけてごめんね。それに、助けてくれてありがとう!実は全部見えてた。私の中にいた妖鬼の一部?!が見せたのかも。」

「そっか。じゃ、今更云う事は何も無いね。いつ退院するの?」

「検査して異常が無ければ、1~2日中には退院出来るって。」


「じゃ、退院したらチーズケーキ食べに行こう!」

「うん!!楽しみにしてる。」


**


翌年、私達は高校を卒業して、それぞれの大学へと進学する時を迎えた。瑠衣は都会へと旅立つ。


「明日香。私は此処を離れちゃうけれど、これからも友達でいてくれる?」

「当たり前のこと言わないでよ。住む所が変わるだけでしょ。今までの事が無かった事にはならない。気持ちが繋がっていればこれからも続いていくから。」

「そうだね。それと、だんな様と仲良くね!」

そう言われた私は顔が赤くなり「うん。ありがと。じゃあね。」と素っ気無く別れの挨拶をしたのだった。

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