第30話 過去に消えた少女

「確かに『狐』の霊気を感じるが、少女の『魂』が大きく見える――澄玲ちゃん、君をこっくりさんに誘った女の子の顔思い出せるかな?」

 昴の問いに、澄玲は少し考えるが首を横に振った。

「三つ編みしていたのは覚えてるけど、お顔はあまり思い出せない。でも、その子は私の事知ってたよ」

 祖母の身体に引っ付いて、澄玲は昴にそう返事をした。昴は、紫にも見える瞳で澄玲をじっと見てから、女性なら見惚れてしまうような微笑を見せた。

「有難う。ゲームの続きをしてきていいよ。それと、これを持っていてくれないかな? 無くさないように、大事にね」

「はーい」

 昴がジャケットのポケットから出したお守りを受け取りその言葉に素直に返事をすると、澄玲は裏の休憩室に戻った。昴はロックのブランデーを一口呑んだ。澄玲に渡したのは、埼玉県の三峯みつみね神社のお守りだ。この神社はオオカミ信仰なので、お守りは狐祓いになる。今狐の気配が残る澄玲を護る為に、昴が用意したのだ。


「霊力のある子どもの魂だ。でも、生気を感じる――生霊でもないがではない。どういうことだ?」

「……まさか」

 昴の言葉に、先代が何かを思い出したように昴に視線を向けた。

「龍生が小さい頃に、こっくりさんをした子供が同じように行方不明になった事があるんです。まさか、それが何か関係あるのでは?」

「……成程」

 その事があってから、先代は息子や孫に「こっくりさんをしてはいけない」と言っていたのだ。

「環琉くん。明日は、少し早く起きて『こっち』の仕事も少し手伝って欲しい」

「いいですよ。最近串打ちも早くなったんで、時間の調整は出来そうです」

 帰った客の使った食器を下げて来た環琉は、昴の言葉に頷いた。

「紫さん、その行方不明になった子供は龍生くんや澄玲ちゃんと同じ小学校なのかな?」

「はい、M小学校です。私が子供の頃からある、古い小学校ですから」


 M小学校は、百年の歴史がある小学校だ。子供が行方不明になった件を調べると言って、昴は店を出て夜の闇に消えた。


「そう言えば、昴さんと先代はどんな縁で組んでいたんですか?」

 環琉は生ビールをジョッキに注ぎながら、昴の使ったグラスを下げている先代に訊ねた。かつて昴と組んでいた先代は、龍生を身籠り引退した。そうして環琉と会うまで、昴は一人で祓い屋をしていたと聞いていた。

「不思議な縁ですよ。でも、私のせいで昴さんを一人にさせてしまった……環琉くん、あなたが昴さんの傍にいてくれて、感謝してるわ」

 先代はそう言って「この話は縁があればね」と、大事そうに昴のブランデーの瓶を棚の元の位置に戻した。

 環琉も深く聞かず、ビールが注がれたジョッキを両手にテーブル席に向かった。


「大変です、昴さん」

 次の日、何時ものように喫茶店『来夢』で落ち合った二人は、注文もそこそこに子供の行方不明事件の事で話し合った。

「行方不明だった少女が、帰ってきていたそうです。当時の家は家族の引っ越しでなくなっていたので、フラフラしていたところを警察に保護されたそうです」

「――ふむ。それで、何が大変なのかな?」

「その子は、行方不明になった『小学校五年生のまま』だったそうです。行方不明の間『成長していなかった』らしいんです」

 環琉は、スマホの検索した画面を昴に見せた。昴が環琉のスマホを受け取り、その記事を読んだ。その間を見計らって、女店主の梓が注文を聞きに来た。

「昴さんは、いつものかしら。環琉くんは?」

「えっと、前食べた――何だっけ」

「確か喜んで食べていたのは――フルーツサンドイッチかしら? 今の季節は、無花果いちじくと巨峰よ」

 梓が思い出すようにそう言うと、環琉は嬉しそうに「それ!」と手を上げた。

「それと、クリームソーダをお願いします」

 昴から返事がないという事は、いつものカフェ・ロワイヤルで良いという事だろう。梓は笑顔で厨房に消えた。

「成程、時が止まった空間にいたのか。この子は今どこに?」

「ネット記事なんで、そこまでは――でも、スマホって便利ですね。調べ物もある程度、これで出来るなんて」

 昴から返して貰ったスマホを、環琉は改めて興味深げに見た。環琉のスマホの待ち受け画面は、昔撮った京都の山の夕暮れと蕾の桜だ。携帯電話で撮ったので、少し画像が荒い。


「何時ものように、図書館で当時の記事を探して実家があった所に行こう。何か分かるかもしれない」

 昴は、梓が持って来たブランデーの良い香りの珈琲を味わうように一口飲んでから、今日の予定を口にした。少し遅れて運ばれてきたフルーツサンドを頬張りながら、環琉は頷いた。

「俺の原付の後ろに乗ります?」

「君の運転は雑だから、上手くなってからにさせて貰う。しかし、よくあんな運転で免許証がとれたね」

 呆れたような声音で、昴が呟いた。

「すぐに上手くなりますよ」

 嫌味も気にせず、環琉はクリームと季節のフルーツに笑顔を見せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る