第28話 こっくりさん

 子供が家に帰って来ない。

 そう連絡が来たのは、先代が孫に憑いた霊を剥がしてから二日後の事だった。連絡網でそう連絡があり「何か知らないか」と店主は聞かれた。一日帰って来ず、家族が学校と警察に相談しているという。


「あのね……」

 学校は、臨時休校になった。父親と祖母に事情を聴かれて、澄玲は何か知っているのか言うのを躊躇っていた。

「いなくなったマリアちゃんは、澄玲が幼稚園の頃からの友達だろ? 何か知っているのなら、話しなさい。お父さん、怒らないから」

 祖母も優しく頷いたので、澄玲は下を向いたままポツポツと話し始めた。


「私ね、学校の帰りによく知らない女の子からこっくりさんをしようって言われたの。行くの嫌だなぁって思ってたんだけど、その日すっかり忘れて行かなかったの。アキちゃんとナギサちゃんも行くことになってて、昨日『どうして来なかったの?』って怒られちゃった。代わりに、まだ学校にいたマリアちゃん誘って、こっくりさんやったんだって。そうしたら、昨日マリアちゃんが学校に来なかったの」

 澄玲の言葉に、祖母の顔色が変わった。

「澄玲。そのこっくりさんの話をしてきた子は、知らない子なんだね?」

「うん。でも、その子は私の名前を知ってたよ。だから、覚えてないお友達かと思ったの」

 祖母の顔色が変わったのは、店主にも分かったようだ。少し心配そうな顔で自分の母に視線を向けた。

「こっくりさんはどんな感じだったか聞いたのかい?」

「うん。狐の神様が出て来たって。学校の七不思議を聞いたら、を教えてくれるの。女の子は、それを知りたかったみたい」


 こっくりさんのやり方は、簡単だ。白い紙に「はい」と「いいえ」を上部に書く。その間に「鳥居」を書いて、その下に「男」と「女」を書く。それから0から九までの「漢数字」を書き、「平仮名の五十音」を書き十円硬貨を用意すれば準備完了だ。鳥居の所に置いた十円硬貨に参加者全員が指を置き、「こっくりさん、こっくりさん。おいでください」と唱えれば十円玉が動き出す。

 思春期の感受性が多感な年頃の男女が行えば、無意識に「望む答え」に指を動かすと言われている。つまりこっくりさんのほとんどが「参加者の質問を肯定してくれる」ようになっている。特に質問の多くは恋愛や噂話が多い事から、体験者の大半が女性だと言われているのだ。


「八番目の噂? そんなに重要な噂なのかい? 二人は、その噂は何だったのか教えてくれた?」

「ううん。なんかね、聞き始めた頃に頭がぼんやりしていつの間にか家の前に立ってたんだって。こっくりさんが帰る儀式をやったのかも覚えてなかったから、怖くてご飯食べてすぐに寝たんだって」

 祖母は、黙り込んだ。

「じゃあ、マリアちゃんが真っすぐ家に帰ったのか二人も知らないんだね?」

 父親の言葉に、澄玲は頷いた。

龍生たつみ、仕事の準備の時間だよ」

 祖母は、そこで話を止めた。もう、十五時半を回っている。仕込みの準備を始めなければならない。その言葉に父は娘の頭を撫でて立ち上がった。

「澄玲、今日は金曜日で店が忙しいからおばあちゃんも行かないといけない。付いて来るかい?」

「うん、お手伝いするよ。おしぼり出したりなら、私にも出来るでしょ?」

 四年生になった澄玲は、焼鳥屋の常連のアイドルだ。店にいると、可愛がって貰える。家で一人にさせておく訳にもいかなく、喜んでいる様子の澄玲に祖母は安心していた。

「おふくろ、取り敢えず『澄玲は知らない』と先生に連絡しておいたらいいよな?」

「ああ、そうだね。澄玲も友人に聞いた話しか知らないだろう。そう言っておいた方がいい――さ、澄玲。ゲームや本をカバンに入れなさい」


「あの小学校に、八番目の怖い話なんてあったかなぁ?」

 首を横に傾げながら、龍生は先生に電話をかけた。祖母は古い記憶を探る。まだ学校が、半分木造の頃だ。


 狐にさらわれて、異世界でさ迷う。


 そんな噂があった記憶を思い出した。こっくりさんと、狐。出来過ぎた話だ。しかしマリアが見つからないままなら、少し調べてみようかと思った。

「環琉くん、今日は何味のジュース飲むかな?」

 祖母が縫ったリュックにゲーム機と漫画雑誌を入れながら、澄玲は楽しそうに話す。澄玲には、父親程の霊力がある。そのせいか、昴には懐かずに環琉に懐いていた。昴の『影』の存在に気が付いていて、怖いと思っているのだろう。


 その霊力を持つからこそ、祖母は心配していた。『こっくりさんに狙われている』のではないかと。用意を終え、龍生の電話が終わると三人は焼鳥屋へと向かった。

 そうして環琉が来ても、先代は『こっくりさん』の話はしなかった。店はやはり忙しく、暖簾を下げたのは二時を回った頃だった。

 寝てしまった澄玲を背に抱いて、店長と先代は家に帰っていく。その三人の姿を、大きな欠伸をした環琉は原付に座ったまましばらく眺めていた。


 

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