第25話 解放された一族

 車は軽自動車だったので、昴が運転してミキの祖母と気を失ったままのミキを乗せてミキの実家に向かった。環琉は、フユキと山道を歩いて戻った。フユキは「喉が渇いた」と繰り返し呟いていた。霊に憑依されていたので仕方ない、と環琉は困った様に笑った。


「お疲れ様でした、先ずはお茶をどうぞ」

 居間に揃い、温かいお茶が振舞われた。宇治から取り寄せている良いお茶だという。この家に今、ミキの家族全員と拍祖母の家族が揃っていた。他の親族には、後日報告するという。ミキは実家に帰ってくると、ようやく気を取り戻した。彼女は何も覚えていなかったが、目を覚ますと身体が軽くなり気分もすっきりしたという。


 もう、夕方を過ぎて外は暗い。しかし、外の闇を怖がる必要はなくなった。ミキの祖母が、今回の出来事を話した。ミキやフユキも、その話に自分たちの事等付け加えて話す。家族や親戚たちは、真剣にその話を聞いた。


 ただ、誰もが昴の『影』の詳しい事は話さなかった。

 親族は皆、喜んだ。ミキの祖母が言うのだから、間違いなく白蛇の呪いは無くなったのだ。親戚一同、昴と環琉に感謝と敬意をこめて深々と頭を下げた。長い年月祟られ、更には村を滅ぼした白蛇を退治してくれた二人に、心からの感謝だった。


 祝いの席を後日開く事になり、拍祖母の家族は家に帰って行った。残ったミキの家族たちは、家にある食材で豪華な夕飯を作った。環琉は喜んでたくさん食べて、珍しく昴もいつもより多く食べた。ビールや酒も出されて、祖母やフユキも久し振りに一緒に食卓に並んで賑やかな席だった。

 その時に昴が仕事は済んだので明日帰ると言うと、皆が残念そうな顔をした。特にミキの母とメグミさんが、寂しそうな顔になる。「少しよろしいでしょうか」と、ミキの祖母は昴と環琉、更にはミキとフユキを仏間に呼んだ。


「今回は、本当にお世話になりました。孫の代で呪いを解いた事に、ただただ感謝しかありません」

 ミキの祖母はそう言ってから、昴を真っ直ぐに見た。

「ミキとフユキの力、今度はこの世の為に使わせたいと思います。どこか、修行するのによい所はご存知ではありませんか?」

 それは、意外な言葉だった。ミキとフユキは、驚いたように顔を見合わせた。

「では先ず、ミキさんの封印を解いていただけませんか? 確認したい」

 昴の言葉に、ミキの祖母は仏壇から一枚のお札を取り出した。少し古いようで、僅かに黄ばんでいた。

「ミキが産まれた時に、私のお師匠様に書いて頂いたお札です。ミキ、目を閉じなさい」

 困惑したままのミキだったが、大人しく祖母に従った。その額に、祖母は題目を唱えながら押し付けた――途端、お札が青い炎を上げて燃え上がった。フユキは驚いた顔をしたが、ミキは動かない。熱くないようだ。


「――温かい光が……」

 ミキが、深く息を吐いた。穏やかな満ち足りた表情を浮かべている。

「そうだね、ミキさんを温かいものが包んでいる。これは、インドーー仏教の仏様かな」

「ああ、そうだね。ヴィシュヌ神。仏教では、那羅延天ならえんてんと呼ばれる守護の仏だ」

 環琉と昴の会話に、「かないませんなぁ」と祖母は小さく笑った。

「仏教の良い人を知っています。名を、慈空じくう。奈良の寺院で、今なお修行されています。彼ならば、能力を導き育ててくれるでしょう――ミキさん。あなたには、霊で困っている人を助ける力がある。フユキくん、君にもね。君たち二人で、行動する方がいい。今回僕たちが君たちの一族を助けたように、誰かの助けをしようと思わないかな?」

 昴の言葉に、二人は顔を見合わせた。先に頷いたのは、フユキだ。


「姉貴。今回俺――ばあちゃんたちの言いつけを破って『開かずの間』を開けた事をずっと後悔してた。怖いもんが見えるようになるし、何より姉貴を危険な目に遭わせたことを。もし力があるんやったら、俺は助けたいと思ってる。姉貴、一緒にやらんか? 昴さんや環琉さんほどの力はないかもやけど、この人たちだって助ける限界がある。俺たちは、昴さん達の助けにもなるんや」

 久し振りに見る弟は、ミキの顔をじっと見てそう熱く語った。知らない内に立派な青年になった弟を、ミキは優しい瞳で見つめた。


「――そうやな。フユキ、頑張ろう。私達みたいに困ってる人たち、助けようか」

 ミキが、昴たちの前で初めて喋った関西弁だった。祖母とミキとフユキは、揃って昴たちに頭を下げた。

「ご紹介、よろしくお願いします」


 布団が敷かれた部屋に戻ると、布団の上に紙袋が置かれていた。中を確認すると『お礼』と書かれた紙があり、五百万が入っていた。『親族全てからの感謝の気持ちです』と、メグミさんの言葉も書かれていた。

がお腹を空かせた分、素直に貰っておいたら?」

「古の神を呼ばわりするのは、君くらいだよ」

 呆れた昴の言葉を聞き流して、環琉はさっさと布団に入った。昴も、大人しく布団に入った。二人は、派手な事をしていないがを多く使っていたので、直ぐに眠りについた。


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