第17話 祖母と蛇

「ご存知らしいですね」

 ミキの反応を見て、環琉がそう聞いた。ミキは青い顔のまま、小さく頷いた。

「私、キャバクラで働いています。あの――焼鳥屋さんのある商店街の、二つ向こうの通りです。飲み屋が多い繁華街で……分かります?」

「あるね、キャバクラは三店舗ぐらいあるんじゃなかったかな?」

 昴の口から「キャバクラ」と出ると、隠微な響きがしてミキは少し赤くなった。環琉は、不思議そうな顔になっている。

「キャバクラって何? 昴さん」

「綺麗に着飾った女性が、隣に座ってくれて一緒にお酒を呑む所だよ」

 ますます環琉の顔が不思議そうになった。

「楽しいの? それ」

「人によるね。それで?」

 昴の紫にも見える瞳に見つめられて、ミキはハッとする。

「私は、『ブルー・ディーヴァ』という店で働いています。有難い事に指名が多くて、お客さんが沢山いますが――その三人は、私にストーカー紛いな事をしてきて、店を出禁になった人達です」

「生霊は、体力を削る。更に『影に食わせた』から、彼らは君の事を忘れる筈だ。そうじゃなくても、暫くは病院暮らしだろう」

 昴によれば、生霊は珍しい事ではないらしい。恨みを深く抱いたり誰かに執着し過ぎると『自然に』生霊をその人物に飛ばしてしまうそうだ。簡単に生霊が産まれる分、生霊を外に出してしまった人は疲れやすくなったり老けたりするらしい。


「生霊に付きまとわれてるかもしれないと思ったら、サボテンなどの観葉植物を置くといい。枯れやすければ、そこに生霊はいる」

「カフェ・ロワイヤルです」

 丁度そこに、梓が昴の飲み物を持って来た。深い香りは、ブランデーだろう。多分、高い酒だとミキは思った。


「まあ、問題はそれじゃないんですよ。これらの生霊の顔が歪んでいますよね? これは、蛇が巻き付いている跡です。蛇の霊が、あなたに憑りついている――何か心当たりは?」

「蛇なんて! 苦手で、触った事もありません!」

 慌ててミキは首を振った。実家は田舎で蛇は出たかもしれないが、小さな頃から虫や爬虫類は苦手で触れた事がなかった。


「おばあさんのようなご婦人の影が見えます――あなたの祖母でしょうか? あなたを護っていますね。しかし、気配が弱い。ご病気でもされているのですか?」

「はい! 去年の暮れから体調を崩して、横になっている事が多くなっています。年が明けてから一度見舞いに行ったのですが……『もうここには帰って来ない方がいい』と言われてしまいました」

 怒ったような寂しいような、愛しいような……複雑な顔をして、その言葉を自分に行った祖母を思い出してミキは寂しげな顔になった。後ろ髪を引かれる思いで、実家を出た。

「実家は何処ですか?」

「京都の、田舎です」

 その言葉を聞いて、昴は少し瞼を伏せた。


「あなたの実家に行きましょう。問題はではない。に行かなければ、解決しないでしょう。お仕事は休めますか?」

「一週間くらいなら……大丈夫だと思います。実家に帰って来るなと言われたのですが、良いのでしょうか?」

 両親は気にするなと言っていたが、祖母の事を思うとミキは不安になった。

「もしかすると、おばあさんは蛇のせいで体調が悪くなっているのかもしれません。解決すれば、おばあさんの体調も良くなるかもしれませんよ?」

「本当ですか!? それなら、行きます!」

 ミキは、その言葉を聞いてすぐに頷いた。彼女は祖母が好きで、いつも側にいた。大学がこっちになったので、実家から出る事になった。毎年実家に帰っていたが、祖母はどんどん体調が悪くなっていた。


「休める手配をしたら、新幹線を三人分用意して下さい。僕たちは何時でも行けます」

「あの、料金は――?」

「古のは、久しぶりです。おばあさんに話を聞かないと事情が分かりませんが、『影の餌』にしてはご馳走です。移動費など必要経費別で、五十万で如何でしょう?」

 除霊の相場が分からない。それに『影の餌』とはどういう意味だろう。怪訝そうな顔をしているミキに、コーラを飲み干した環琉が囁いた。

「すごく安いと思いますよ。腕は保証します」

「――分かりました、お願いします。実家にも連絡しておきます」

「では、契約成立ですね。詳しい事は、ここの喫茶店の梓さんにお聞きください。ご連絡お待ちしています」

 いつの間に飲んでいたのか、昴は珈琲を飲み干して片手を差し出した。

「は、はい」

 ミキは、その手を握った。少し冷たいが、心地よい肌触りだった。

「では、失礼します」

 モーニングを食べ終わった環琉と昴が、席を立った。ミキは、深く頭を下げる。


「お紅茶、淹れ直しましょうか?」

 色々な事があって、ミキのロイヤルミルクティーはすっかり冷めてしまっていた。二人が出て行った後も、昴の闇のような美しさがそこに残っているようでぼんやりとしていた。梓にそう声をかけられて、慌ててミキはカップを手にした。


「いえ、大丈夫です! 頂きます」

 紅茶は甘く、ようやく緊張が解けたミキはホッとした顔になった。

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