第3話 喫茶店『来夢』
三日後、月曜日。環琉は電話の音で目を覚ました。時刻は、朝の十時を少し回った頃だった。眠い目を擦りながら、昴からの電話に出る。まだ朝だというのに、暑い日だった。
「おはようございます……」
「おはよう。君が五コールで出るなんて、今日はやっぱり雨が降るらしい。例のケンジくんから連絡があったよ、三十分後に喫茶店『
自分の用件だけ言うと、昴は電話を切った。まだ朝の十時だが、不快な暑さと肌にまとわりつくような湿度に、環琉は大きく息を吐いた。
今日は、メインのバイトである焼き鳥屋は休みだ。掛け持ちバイトの雇い主である昴を待たせるなんて、絶対に許されない。昴を怒らせることは、恐ろし過ぎて環琉には出来なかった。
環琉は布団から起き上がると、汗を流すためシャワーを浴びて急いで傘を持ち『来夢』に向かった。
昴が雨が降る、と言うなら間違いなく雨が降るのだろう。愛車の原付バイクは、今日は走る予定がなさそうだ。
『来夢』に着くと、幸い昴はまだの様だった。その事に、環琉は安心してほっと息を零した。
ここは昭和レトロを感じる純喫茶で、正式な事務所を持たない昴が顧客と会う場所にしていた。そう広くない店内には、テーブル席が三席にカウンターが五席あった。
「いらっしゃい、環琉くん。先にお待ちですよ」
喫茶店の女主人は、
「ナポリタンとクリームソーダお願いします!」
梓にそう言うと、環琉はテーブル席に向かった。今客は、彼だけのようだ。
そこには、アイスコーヒーを前に憔悴した様子のケンジが座っていた。たった三日ぶりだが、少し痩せているように見えた。
「お待たせしました。『祓い屋若神子』の助手の永久環琉です」
彼の正面に座って頭を下げると、ケンジがゆっくり環琉の顔を見た。
「あんた、あの焼き鳥屋のバイトじゃ……?」
「バイトの掛け持ちをしているので。今は、こっちの仕事で来ています。昴さんは、もうすぐ来ると思いますよ」
スマホを取り出して時間を確認する。もうすぐ五分前だ。すると、きっちり五分前に喫茶店のドアが開いた。
「どうも、若神子です。ご連絡ありがとうございます」
入って来た昴は、三日前と同じような黒いシャツにパンツ姿だ。湿度も高く暑いのに、涼しい顔をしている。
「名刺、有難うございました! ――ホント、俺どうしていいか分からなくて……」
昴の姿を見ると、ケンジは立ち上がって頭を下げた。それを見ながら昴はテーブルに来ると、ゆったりと優雅に座ってケンジに声をかけた。
「あの日見た事を、話してくれるかな? それから、どうなったかを」
座るようにケンジに促していると、梓がクリームソーダと珈琲を運んできた。この珈琲は、ブランデーをしみこませた角砂糖に火を点け、火が消えると珈琲の中にその角砂糖を入れてよく混ぜたカフェ・ロワイヤルというものだ。昴はブランデーの香りを好んでいて、珈琲を飲むときはこの店のカフェ・ロワイヤルしか頼まない。
「幽霊が出たの、知ってるんですね!? 行くんじゃなかった……」
ケンジは席に座ると、金髪のような明るい髪を掻いて唇を噛んだ。その様子を、昴は黙って見ていた。
「ごゆっくり」
梓が環琉のナポリタンを運んでくると、何故か少し空気が和らいだ。
「若神子さん――アンタなら、祓えますか!?」
ケンジが、昴を縋るように見た。昴は、氷のような微笑を浮かべて小さく頷いた。
「僕が祓えないものは、ありませんよ。さあ、話してください」
その言葉を聞いたケンジは、氷が解けたアイスコーヒーを一口飲んだ。そうして、何故か自分の手を眺めながら彼は口を開いた。
「あの後、俺は飲み会のメンバーと別れて他の三人と合流しました。トオルとサトルとリキヤです。俺達は同じ大学の友人で、よく一緒に遊んでいて……飲み会の時に、リキヤから連絡が来たんですよ。暇だから、遊びに行かないかって。その時に、グループチャットでトオルが言ったんです『どうせなら、肝試しに行かないか』って」
「そこは、今まで行った事なかったのですか?」
昴の言葉に、ケンジは少し動きを止めたが首を横に振った。
「いえ、ないです。そんな所に病院があるなんて、トオルが言うまで知りませんでした。幽霊が出るとかも聞いた事ないし――でも、出たんですよ!」
ケンジの顔は怯えていた。クーラーは丁度いい温度だったのに、寒いかのように身震いをした。
「そうですか――では、その山奥の病院跡の話をお願いします」
昴が話を促す横で、環琉はナポリタンを口にしていた。
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