第13話:小麦は危険です

 <リース視点>


 俺が、ナーロウ商会との蜜蝋の納入に関する書類を裁判官へ提出することに手間取っていると、従者の一人が転がるように走ってきた。


「リース様! 大変です。ルシェル様が何者かの手によって連れ去られました!!」


 しまった!


 査問会以外での場外乱闘か。

 ルシェルもこのことについて指摘をしていた。


「敵が折り畳み机やサーベル、マイクなどを持ちだしたら危険です」


 という、訳の分からないことを言っていたが、ベリヤーノはそのようなものは持っていなかった。


 ただその後ルシェルは、


「次にリングに上がる時は」

「勝負を別にして、もう一度戦ってみたい男」

「ベリヤーノ。お前、男だろ」

「選ばれし者の恍惚と不安」

「我々には上に一人神がいる」

「いちにさん。どぁああ」


 などとブツブツ言っていた。


 名言だそうだ。

 なんとなく俺にも、燃える闘魂を持ってリング上で戦う男としての波長が伝わってきた。


 その俺の危険察知のセンサーが非常事態発生を告げている。


「敵は誰だ。何処へ逃げた!?」


「わかりません!」


 クソッ!


 なにがあっても守ると約束したのに、何が騎士だ!


 落ち着け。

 騎士はいつも冷静であれ。


 そうだ。

 ルシェルが

「何かわからないことがあったら彼に聞いてください」

 と、言っていた。


「俺は大通りへ向かう。貴様らは総員非常呼集をかけ、第一種武装を整えよ!」


 そう叫ぶと、俺は王都の大通りへ急いだ。





「お客さん。どのワックスがいいですか? 上中下。今日は良いワックスが入手出来ていますぜ」


 俺の前で靴を磨く準備を始めた靴磨きの少年が、歳に似合わない商売なれした顔で注文を聞いて来た。


「最も質の悪いワックスで頼む」


「お客さん、そんなワックス、ここにはないですぜ」


 俺は少年の足元に置いてある、お代の硬貨を入れるためのくたびれたハンチング帽子に金貨を一枚入れる。


「どんな情報がお望みです?」


「ルシェルをさらった奴は誰だ」


「財務局長の手の者」


「その隠れ家はどこだ」


 すると靴磨きの少年は、周りを見渡してから小声で言った。


「バーガー街、マックモス通り3号の小麦倉庫」


「敵の兵力は?」


「知らないね」


 俺はさらに金貨を一枚。


「財務省の平官僚一名と用心棒が十三名。それからこいつはおまけだ。最新鋭のマスケット銃が七丁あるはずだ」


「ありがとう」


 俺が椅子から立ち上がろうとすると、情報屋の少年が言う。


「まだとっておきのワックスがあるんですが、どうです?」


 俺はさらに金貨を五枚帽子に入れた。


「ベリヤーノの背後には、カンタベリア国教会の枢機卿がいるが、それは傀儡かいらいに過ぎない。本当の元締めは……

 そいつの居場所は……

 そいつの特徴は……

 そいつの特技は……

 そいつの趣味は……

 そいつの好物は……

 そいつの子供のころの宝物のありかは……」


 だんだんメモを取るのがめんどくさくなってきたので、礼を言いアルバトロス部隊の集合場所に足早に向かった。


「まいどあり~」




「リース様。戦闘態勢整いました。踏み込みますか?」


 敵の隠れ家の入り口二つ、四人ずつ配備して塞いだ。

 四人のうち、二人は一騎当千の騎士。

 決して討ち洩らしはしない!


「敵にはマスケットがある。それを撃たせてから突入する」


 俺が表の部隊三人に指示を出していると


「フハハハハハ! かかったな、アルバトロス男爵。こちらは王立憲兵隊だ。もっともあるじは女王陛下ではなく別のお方だがな。

 俺たちが一人でも傷つけば、反逆罪になる。

 大人しくここでくたばれ」


 八名の武装憲兵と共に出て来た官僚姿の男が、嘲り笑う。


 八名の内、五名が単発の短銃身マスケット銃を構えている。


「フン。それがどうした。

 俺の部下には色々な奴がいてな。なかには拷問官上がりの奴もいて、捕まえた敵兵をさえずらせるのが得意だそうだ。

 お前も情報を囀らせてやるから楽しみにしていろ」


 これは嘘だが、言葉合戦のうちだ。

 敵の交戦意欲を低下させる最高の兵器だ。


「ええい!

 敵は寡兵。もう射程圏内だ。アルバトロスだけを狙え。狙撃開始!」


 憲兵隊のマスケットは街中での使用を目的とするため、銃身が短い。

 その分威力は野戦用のものよりもはるかに小さい。


 まだ発射は出来まい。


「ガーディアン。大盾を構えて前進。第三陣形で防御」


 二人の大盾持ちが野戦用の重装甲盾を構えて前進。

 しかし十メトルも近づけば、貫通する。


「撃ち方はじめ! 敵の盾以外の所を狙え」


 俺と俺の太刀を持っている従者が、ガーディアンの後ろで待機。


 大盾に命中した銃弾がガーディアンの脇を通り、俺の甲冑に当たる。


 クソッ。

 貫通しやがった。

 なにか新型の弾を使っているのか?


 脇腹に焼け火箸を突っ込まれたような痛みを無視して、従兵に合図を送る。


 俺の野戦用大太刀の柄をこちらへ差し出す。

 俺はそれをスラリと抜いた。


 今までの愛用のものとは違う。

 ルシェルが「使ってください」と贈ってくれたものだ。

 なんでも特殊な材料が使われているそうで、ちょうどよいバランスの重さになっている。


 ATS-334ステンレス鋼というそうだ。


 その長さ二メトル以上。


「クレイモアとザンバトウ。どっちの名前がよろしいでしょうか?」


 と、名前まで指定してきた。


 俺は語呂が良いのでクレイモアというと、たちまち残念な顔をしていた。

 だが、直ぐに立ち直って

「今度、ジャポネ皇国の玉鋼たまはがねで、鬼でも魔王でも滅することのできる刃を作ります」

 とはしゃいでいた。


 なにか思考が微妙にすれ違っている気もするが、とても表情がかわいくて抱きしめたくなる。


「偽憲兵共! トリュフのカエル共を数百人葬った、このリース=アルバトロスの刃にかかって、滅ぶがよい!」


 うぉおおおおおお!!!!


 二メトルの刃が、半円型の死の空間を作り出す。


 腕、足、首が、血と共に吹き飛び、一気に三人の命が天に召された。


「あいつは被弾しているんだぞ? なんで動ける?」


「戦場では日常茶飯事。これくらいでくたばるかよ」


「ええい。第二作戦だ。人質を連れてこい!」


 人質はルシェルか?

 ということはプリムも一緒に捕まったか。


 憲兵隊員の一人が小麦倉庫のドアを開けた途端、大爆発が起きた!


 どかああああん!!


「ゲホッ。何が起きた?」


 皆の鼓膜が正常に戻った時、わき道から裏口を塞いでいた手勢のものに守られ、ルシェルとプリムが進み出て来た。


「財務省Z! この世に悪は栄えないのです。天に変わってお仕置きいたしました」


 ちょっとキャラが違っているが、それだけ怒っているのだろう。


「い、今の爆発はなんだ? 爆発物は置いていなかったぞ?」


「粉塵爆発、と言っても分からないでしょうね。小麦さんが怒って爆発したのです」


 そういえば細かい粉のようなものがあれば爆発すると、ルシェルが小麦倉庫などに換気口をつけるよう、指示をしていた。


 驚くばかりの知識量だ。

 どこでそんなことを知ったのだ?


「だ、だが。お前は無事ではないか? どうやって外に出た?」


「ああ。わたくしのペンダントは特注品なのです。ロケットの部分に小さな成形炸薬がつけてあり、鍵穴くらいは融かせます。

 ついでにニトロ製剤とか、頭痛薬とか、葛根湯。それとプロジェクターとか盗聴器とか……」


 ……突っ込まないでおこう。


「詰んだようだな。そこの平官僚。査問会の証人となってもらう。下手な動きをすれば、配下の元拷問官が」


「わ、わかりました! 何でも言います。痛いの嫌ですから、堪忍してつかあさい!!」



 脇腹に手をやる。

 大分出血したな。

 全治二週間というところか。


「ルシェルは無事か? プリム」


「申し訳ございません。私がついていながら。お詫びにこの首掻き切って!」


「馬鹿なことを言うな。男が複数でメイドに襲い掛かっていれば、抵抗できまい」


「いえ。ルシェル様の言ったことが本当でした。優秀なメイドは武器も操れねばと。ですから戦闘メイドというものに私はなります!」


 漫才っぽくなってしまった俺たちの間にルシェルが割って入って来る。


「いけません。リース様、止血をしなくては。

 差し上げたペンダントをお渡しください。そういえば使い方を説明しておりませんでした。サブルーチンエラーです」


 少しおろおろしながら、ルシェルは俺のペンダントから、粉と半透明な紙を取り出し、傷に粉を振りかけた後に紙を張り付けて、ハンカチで俺の額の汗を拭いた。


「消炎鎮痛剤とサルファ剤、その他諸々をかけて、人造皮膚をかぶせました。脱脂綿があればそれで圧迫止血してくださいませ」


 さっきまで「爆破など危ないことをするな!」と怒鳴りつけようとしていたが、その気持ちはその訳の分からない言葉で、スッっとどこかへ行ってしまった。


 ありがとう。


 二人の気持ちが初めて重なった気がした。




 ◇ ◇ ◇ ◇



 次回。

 形勢逆転。

 超強力な援軍現る!


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