第10話:ワニの口は怖くありません

 査問会一日目


「これよりウェルズリー伯爵へ対する国家反逆罪の嫌疑について査問を行なう」


 五人の法服貴族官僚の方々が、一段高い所から伯爵さまを見下ろしております。


 わたくしはその後ろの傍聴席からリース様と一緒に見守っております。


 このムーサ連合王国は、その女王陛下の先見性か、科学技術関連以外は大分進んでおります。

 地球で言うところの、大英帝国の最盛期、十八から十九世紀あたりの社会制度です。


 法服貴族も基本的に専門の大学で優秀な成績を納めねばなれないこととなっております。


 問題は成績だけでは人は判断できないという事でしょうか。

 この中にも敵国に利するものがいるかもしれません。


「告訴状によれば、ウェルズリー伯爵はトリュフ共和国とスーパイン王国の支援にて、国家転覆の計画を画策したとの事。この訴えを認めるか? 否認するか?」


 地球の中世の異端審問よりもはるかに公正中立ですね。

 もっとも魔女裁判方式がここから始まるかもしれませんが。


「悪魔でないことの証明」とか言われたら、絶対にできませんから。

 二十一世紀のジャパン国会での「疑惑は深まった」戦術は、マスコミを買収でもしてイメージ工作で反撃するしかありません。

 ネット攻勢もできませんし。


 今回はその手は使えません。

 できないことはしないで、できる手で反撃します。


「否認する。

 わがウェルズリー家は、二百年以上にわたってこのムーサ連合王国を支える藩屏として貢献してきた自負がある。

 今更、それをかなぐり捨てて敵国へ寝返るなどして何の得がある。

 それにトリュフ共和国軍の万を超す兵を葬ったばかり。

 その敵国がわざわざその司令官だった者に、誘いの手を伸ばすとは思えぬであろうが」


 もっともなご意見です、伯爵さま。

 これを敵方はどう崩していくのでしょう?


「告訴した原告、ベリヤーノ財務局長。罪状を裏打ちする事実を述べなさい」


 ははぁ。やっぱりこの方でしたか。

 財務官僚のうち、ただ一人ノクタンス商会に内応した方です。

 鰐口のヤーノと恐れられている切れ者です。

 開いたワニのような口を見たものは、だれも逆らえないとの噂。


 わざと内応した可能性、九十%以上ですね。


 どこまでノクタンス商会と、わたくしのつながりをつかんでいるか。


「は。わたしは職務の性質上、国内外の資金の流れを日々監督しております。その流れがここの所変化いたしました。

 海外からの資本流入が多くなり、その流れ着く先が最近ウェルズリー伯爵の養子として迎え入れたルシェル嬢に関連する商会や領地なのです」


 そう来ましたか。


「これは明らかに、外国資本から何らかの見返りとして資金を着服していると考えました。

 それを確認するために、新興商会を資本流入先のナーロウ商会に接触させました。

 するとその裏で糸を引いているのは、深夜商会という暗黒街に顔の広い反社会的組織でした。

 深夜商会を買収したのが、今回リース=アルバトロス男爵の領地となったアーシモフ地方の小さな商会。

 その商会に出入りしており、何やら指図をしている人物がおりました。

 それが最近ウェルズリー伯爵の養女となられたルシェル=ウェルズリーです!」


 長いですわね。

 プリムがおりましたら、百回ほどキックが放たれるところです。


 そこまで掴んでいるとは、相当頭脳が明晰、手の者が優秀なのでしょう。


 そんな方がわざわざ先陣を切って、告訴をするでしょうか?

 この財務官僚はフロント役をしているだけで、後ろに黒幕がいる可能性が高いです。


「異議あり。わが娘、ルシェルはアーシモフの地では領民に『聖女』としてあがめられ、親しまれている善人。

 けっして王国に内乱など起こして、多くの民草を死傷させるようなことを望む卑しき修道女ではない。だからこそわたしは養女にした。

 後ろ暗いところなどまったくない」


 すみません、伯爵さま。

 後ろ暗いところ、大ありです。

 深海のように深い陰謀を企んでおります。


「では裁判長。ルシェル=ウェルズリーを証人として証言台に立たせることを要請します」


「許可します」


 わたくしの出番ですか。

 有難いです。


 悪魔の証明は出来ませんが、逆に敵のすねの傷を皆さまの前にさらすことはできます。


 やられたらやり返す。

 敵への反撃能力は大事です。

 今後のことも考えて、徹底的に反撃、完膚なきまでに叩き潰します。


 百倍返しくらいは許されるでしょう。


「ルシェル嬢。あなたの資産は今、どのくらいありますかな? 

 相当稼がれているようですが。羨ましい限りです」


「昨日の時点で、銀貨六枚と銅貨八枚です」


「嘘を言ってもらっては困ります。裁判長、ここにノクタンス商会の財務諸表がございます。ご覧ください。

 ルシェル嬢の名義で、金貨にして八千枚以上の資金がプールしてあります!」


 まあ、そう言う事ですよね。

「昨日まで」は!


「裁判長様。発言をよろしいでしょうか。

 ノクタンス商会の商会長様にはお世話になっております。

 様々な貴族様、慈善団体からの寄付をお預かりしていただき、王都を始めとして戦争や飢饉で行き場を失った方々への炊き出しや職を作り出す資金とさせていただいております。

 つまりわたくし本人の資産ではございません。

 全ては神のものでございます」


 そう。

 全ては創造神アイザックさまのものでございます。

 表向き、資金全部を慈善団体へと移管が終了してあります。


「そういえば裁判長様。最近の国内外の資金の流れ、ノクタンス商会の商会長様から不思議な流れをお教えしていただきました。

 わたくしのような財務に疎いものには理解ができないのですが。

 どなたかが国家の財政均衡をお題目に、この連合王国の国力を低下させるような財政方針の献策しております」


 緊縮財政を続ければ、いかに世界に冠たるムーサ連合王国と言えども、経済成長が止まります。


「その結果、ここ二十年の経済成長はマイナスへと向かい、世界に冠たるムーサ連合王国がトリュフ共和国に国力で追いつかれてしまいました。それが原因での先の戦争。

 その理論を振りかざしている方のもとへ、トリュフ国営企業の下部組織から裏金融機関から不正な送金がなされていることが……」


「うそです! 裁判長。なんの証拠があって!」


「それはウェルズリー伯爵家への告発に対してもいえる事です」


 さて、どんな証拠を出して来るのでしょう。

 ワニの口のベリヤーノ様。



「本日はこれにて閉廷。明日までに双方、証拠を提出できるように準備を」


 さて。プリムは、うまく細工ができたでしょうか?




 ◇ ◇ ◇ ◇


 次回。

 窮地に立たされるルシェルはどう反撃するか?

 乞うご期待!



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