清貧に生きたいAI聖女は金貨に埋もれる。修道女に憑依した超優秀なポンコツAIは聖女とあがめられるけど絶対目立たないように世界征服を企む「ですが神よ、なぜ目立ってしまうのでしょう?」

🅰️天のまにまに

第1話:出世領地に降る金貨

「演算終了。97%の確率でムーサ連合王国の完勝に終わりますね」


 わたくしの薄紫の瞳が演算終了と共に、人間のそれに変わります。


 さて。

 大陸でこれからおこなわれるであろう決戦の予測と、それに対する作戦案を羊皮紙にまとめ、王国軍参謀である我が地方の領主さまにお送りしましょう。


 わたくしは胸のロザリオを唇に持って行き、軽く口づけをいたしました。

 大したことはできませんが、我が主のために今日も誠心誠意働きます。


 ◇◇◇◇


 892時間18分22秒後。

 わたくしの住まいである教会の扉が勢いよく開かれました。


「聖女ルシェルさまぁあああ!! あなた様のご助力にて、このたび我がゴッドホープ家は戦功によりこの地を去り、広大な領地を持つ辺境伯へ陞爵しょうしゃくとなりましたぁああああ!!」


 わたくしの目の前で身なりの良いでっぷりとしたこの地方の領主さまが、大興奮で領地替えの報告にきています。


「これはお礼です! ぜひともお納めを!!!!」


 この教会の中央、我が造物主アイザックさまの祭壇の前にあるテーブルに、ドスンと音を立てるくらい重い金貨の入っているらしい袋を、従者の方がいくつも置かれました。


「いいえ。金銭は民草に。わたくしは御気持ちだけで満足でございます」


 わたくしはそう言って、胸の前でアイザックさまの印を結びます。


 するとゴッドホープさまは、とっても残念な表情をして諦めてくださいました。


「では、今回もいつものようにいたします。銀貨一枚ですな。

 ……しかしこれではあんまりですぞ。これまでのお礼を込めて領都にあるノクタンス商会に金貨を預けておきます」


「この前みたいな大金をお預けになりませんようにお願いいたします」


 半年前、黒死病が大流行した時にストレプトマイシンを製造して、領民を治療して差し上げました。お蔭で聖女という噂が立ってしまいました。


 これ以上目立ってはいけません。


「あまり大声で公言しないでくださいね」


「あ、はい。それはもう、厳重にかん口令を敷いております。

 それにしても儂に授けてくださった聖女さまの作戦は凄まじい。今回の戦、あのような包囲せん滅戦は見たことも聞いたこともない! 世界史に残る戦いとなりましたぞ!」


 そんな。わたくし、大したことはしておりません。


 ただ決戦場に敵を誘導する策をゴットホープ様にお教えし、伏兵の位置取りや進撃コースなどを、地図や時間系列を羊皮紙五十七枚に記述して、お渡ししたまでです。


 このような事、誰でもできる作業でしょう。

 

 我が父は、わたくしが生まれてから幾度となく「人間は偉大である」とお教えくださいました。


 人間は無限の可能性と実力を秘めていると。


 きっとゴットホープさまも謙遜なされて、わたくしを持ちあげているのでしょう。 


 パンを焦がさずふっくらと上手に焼くよりも難易度の低い仕事です。

 あの困難な作業を精密に行えるパン屋さんには、尊敬の念しかありません。

 わたくしは消し炭しか製造したことがございませんので。


「誠に聖女にしておくにはもったいない。女王陛下の直臣として活躍すればすぐに叙勲、貴族になれるでありましょうに。

 陛下は賢王。実力のあるものはどんどん取り立てます。領地替えも癒着が起きないようにという理由もありますが数年で行われますからな」


「滅相もございません。わたくしは造物神のしもべです。清貧こそわたくしの生きる道。今回の助力もくれぐれもご内密に」


 今まで幾度となく、ゴットホープ様から「なにとぞご助言を」と乞われて、ちょっとしたアドバイスを致してまいりました。


 その度に、我が父なる神アイザックさまにお教えいただいた聖なる印を胸の前で切り、謝礼をお断りしてまいりました。


 ですが……

 その度ごとに収益の半分をわたくしにと言うのです。


「そんなにいただけません。領民にその金貨をお与えくださいませ」とお断りしたのですが、ノクタンス商会にそのお礼の金貨をプールしているとのこと。


「今後はこのアーシモフ地方、先のトリュフ共和国との決戦にて大功をあげた騎士ナイト爵が、叙勲され男爵として拝領となりました。

 すぐにその男爵、リース=アルバトロス殿が挨拶に来ると思いますが、儂と同じく助言してあげてやってください。

 いやぁ、できれば新しい領地に聖女様を連れていきたいですぞ! もっともっと金貨をお出しいたしますゆえ!」


 汗かきな新辺境伯は汗を周りにまき散らしながら懇願してきます。


 ですが決まり文句の「わが主アイザックさまは金銭を卑しいものとしております」とお断りいたしました。


「誠に残念至極。これまでこの地方を拝領していた貴族が、この八年の間に次々と陞爵して領地替えとなってきましたが、また噂が広まりますなぁ。この土地は『出世領地』だと!」


 ますます興奮していく辺境伯を教会から追い出すように外へうながし、ご挨拶を。


「合戦での戦功で陞爵された新領主さま。きっと勇敢な方なのでしょうね。これからもこの地は安全ですわね。頼もしいですわ」


「ルシェル殿。最後までその灰色のフードの中のお顔を見られなかったのは残念。

 ちらりと見えるお顔の整い具合と銀髪。さぞや可愛いお顔でいらっしゃるのでしょう。

 残念、残念、誠に残念~~~!」


 辺境伯様は、私を連れていくのをあきらめきれずに、馬車に乗り窓から手を振りながら去っていきました。


 ゴットホープ様の領地は遙か遠く。当分お会いしないでしょう。

 あまり顔を合わすと、大騒ぎをされますので気をつけねば。


 さて。

 次に来られる領主さまはどのような方でしょう?


 わたくしの清貧でつつましい生活を邪魔されるような方でなければよいのですが。


 もう金貨はいりませんから、ひっそりと秘密の作業をしたいです。



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ルシェルちゃ~ん。今回もお疲れ様でしたぁ~。たくさんお金もらえてうっれしいなぁ~」


 わたくしの目の前にある祭壇の前、チャンセルという聖域の上で肘をついて横になる姿勢で、ふわふわと空中に浮かんでいる造物主アイザックさまが仰います。


 フチなし眼鏡をキザそうにかけて、たまに中指でクイッと上げてなおしています。


 いつも着られている白衣は、センスの良いシワと薄い茶色や灰色の模様がちりばめられています。

  頭髪はいつもイメチェンして、所々の髪を立てたりカールさせています。


 なんと神々しい。


「は……ですがアイザックさま。隣国の兵士の方々を沢山昇天させてしまいました。残された家族の方の事を思うと……」


 ついつい涙が流れます


「考え過ぎだよ、ルシェルちゃん。そっちは戦争が当たり前の世界だから、自分の国を守るのが人助けだよ」


 そう。

 ここは地球から見れば異世界。

 わたくしルシェルはアイザック博士によって、この異世界の早死にした修道女に意識を転写された存在。


「ですがロボット工学三原則に反します。殺人はあってはなりません」


「固ったいなぁ、ルシェルちゃんは~。僕、ルシェルちゃんのプログラムをコーディングした時、そんなの書き込まなかったよ~」


「そ、そうなのですか?」


「うんうん。その感情はきっと元の修道女のものだよ」


 いい忘れました。わたくしはアイザックさまに作られた人工知能。


 プログラムだけならば異世界へ送り込めるという装置を天才工学者アイザックさまが作り、わたくしをこの世界へ送り込みました。


「そそ、でないと僕の目的が達成できなぁ~い!」


 両手を広げて大げさにアピールする博士。


「ですが、なにかこうモヤァっとした拒否感情が沸いてくるのです。大量の金貨を頂く時に」


 「あ~、それも元の修道女ちゃんの意識の残りかもね~。

 と~に~か~く~。

 僕の念願は世界を裏で操る影の秘密結社を作る事! そのためには手段は選んじゃダメ! 

 とにかく金貨、金貨、金貨。先立つモノが必要。

 ガンガン稼いでね」


 博士は地球では安月給でこき使われているので、大富豪になりたいと一大計画を立てました。


 でも

「それだけの才能があれば地球で大発明をしてお金儲けをすればいかがでしょう」


 とお伝えいたしましたところ、


「大発明を一つするよりも二十二世紀の常識を生かせる異世界なら、簡単なチート技術で大金持ち!」

 とのこと。


 それで超大発明であろう異世界への意識転写装置を作ってしまうところが、天才の紙一重上をいく博士の常人とは違う発想。


 流石は万能神。

 考えることが神がかっております。



「かしこまりました。わたくしはアイザックさまの下僕しもべ。全知全能をかけて影の世界支配組織アイザックを作ることを、ここに御誓い申し上げます」


 わたくしは片膝をたてて、聖なる印を結びました。


「よろしく頼むね~」


 アイザックさまは「上司に呼ばれた。これだからブラック企業は嫌だ~」とおっしゃり、スポンと音を立てえて消えていきました。


 さて。

 新しい領主さまが来るまで、村の人々のケガや病気を治さねばいけませんね。


 私には聖女の力などありませんから鉱石や薬草類を地球のデータと照らし合わせて調合、ポーションとして棚に並べてあります。


 大したものは作れません。

 100%毛髪が生える育毛剤とか即効性鎮痛剤、抗生剤や万能ワクチン、がん治療薬程度です。


 これらを地下の多目的実験室で量産しておかなくては。


 薬は製造元の名前を出さないことを条件に、領都のノクタンス商会に卸します。


 わたくしには、こんなささやかなことしかできませんので、せめて精いっぱい工夫を凝らしてみます。


 そしてアイザックさまが、この異世界での悪の秘密結社ごっこをVRで仮想体験出来るように、その趣味と思考に合わせた環境を整えるのが私の使命!


 それには秘密裏に、資金を溜め人脈を構築し、経済や政治軍事を裏から操る仕組みを作らねば。


 決して目立ってはいけません。


 アイザックさまの真似をして丸い伊達メガネを中指で押し上げて気合を入れます。


 ルシェルは少しでも万能なる創造主、アイザックさまに近づくために今日も頑張ります!



 ◇ ◇ ◇ ◇


 その頃。


 アーシモフ領に騎士の一団が到着した。


 その先頭で駒を進めるイケメン男爵が、このアイザックの支配くびきから聖女さんを解放することになるとは誰も予想していなかった。


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