に. 2


「――うぉーい。

 無視しないで答案わたせ。わたすんだ」


 教室の中程で、答案の回収役の女子高生を囲むように同じ中学の生徒が集まって、机につっぷしている少女を覗きこんでいる。


「…こいつ、マジに寝てない?」


「ん~? …なのかなぁ?

 迷惑なヤツ…つか。

 さすがは、ゆうサン大物。ここで爆睡できるなんて、よゆーだね」


「意地でも渡さんぞ、ってやつなのか?」


「まさか」


「しょーがないな、もう…」


 回収係の高校生が、腕の下からのぞいている紙をつまんでひっぱると、眠っている子がもぞもぞ身じろぎする。


「気ぃつけないと、破けますぞー」


 見るに見かねた男子が眠っている少女にとりつき、その腕を捕まえて、いささか強引に浮かす。


 押さえがゆるくなった瞬間をとらえ、目的の用紙モノを奪取することに成功した高校生は、手に入れた答案を視界に、一瞬、動きを止めた…ように見えた。


「手伝ってくれて、ありがと・お。

 君たちは、もういーよ」


 眠れる対象に視線をおとし、困ったような笑みを浮かべた女子生徒――

 (普天隆高校ふてんりゅうこうこうの多目的ボランティア~あくまでも気分的な言いまわしで、この場合は試験ボランティアともいう。

 不十分ながら、おやつとお弁当程度の報酬と内申特典付きだが、その実体は生徒会役員強制参加に加えて、望む当たりくじ有志と、望まぬ不運な当選ハズレくじ人員、さらには罰則的な臨時要員を巻きこみながら、執行される生徒枠のお仕事である~)

 が、彼ら受験生の間をすり抜けていく。


「…ありゃぁ」


「ど(う)したの」


「ちらっと見えたけど、答案、白かったんだよ…」


「白かったって…

 たしかに、そう…見えないこともなかったけど、まさか…。

 夕姫ゆきぃ…あんたは…」


 友人に、べしと後頭部をはたかれた夕姫ゆきが、んう…? と、顔をあげた。


 まだ、まぶたが半分おりている。


「腑抜けた顔して…。いつから寝てたの」


「いつからって…。ん~…?」


 ぼんやりしていた夕姫ゆきが、乱れた髪ををおさえあげて、彼らを見あげた。


(受験番号、名前書いて…、ヒアリングしてて…ん? んんっ?)


 机を見れば、英語の問題用紙があった。


 読み進んでみたが、軽く目を通した覚えがあるのは冒頭だけ。

 その後の単語や文章問題は全くといっていいほど記憶に残ってない。


(そうだ。試験中…だった)


 状況が見えてくると、彼女は動きをとめた。


 解答用紙は、持ちさられた後のようで…。


日野原ひーさんすべりどめ保険、かけてた?」


「かけてない…」


「あんたは、他で底上げ出来るのかもしれないけど、英語落とすと、ここ、きついって」


「なんだろーと、0点はまずいだろ。撃沈かもな」


「やり直し…再試験は…」


「いまさら無理だ」


「利かないって」


「ないでしょ」


 切なるのぞみ希望を友人らに否定されるなか、注がれている視線に誘われるように視点を移動した夕姫ゆきは、その延長で、四つ前の座席に横がけした姿勢でこちらのようすをうかがっているクラスメイトと目があった。


 伊藤珠里じゅりだ。


 それと認識したタイミングで、その彼女が口を開く。


二次募集ニジボするところもあるし、日野原なら心配しなくても、どこでも入れるでしょ。

 だいじょうぶだよ」


 こころなしか…。冷めているというにもすげなく響いた友人の慰めを、夕姫ゆきは複雑な面持ちで受けとめた。


珠里じゅりの最近の不機嫌って、なんなのかなぁ…?

 少し前まで、〝ひぃさん〟呼びだったのに、苗字、呼び捨てされたし…。

 慰めなのだろうけど、ものすごく、そっけない気もする…。

 …う~ん…。だけど…

 やっちゃったなぁ…。

 よりによって、ここで夢落ちするなんて…) 

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