第5話 橋上の捕物

 証拠は揃った。

 長城の通行記録から、キンタナ・プラトルが商用と称して謎の荷物と共に通り抜けたことが判明。謎の荷物はもちろんレジギンガだろう。長城の荷物改めは小金で買収されたのだ。珍しいことではないが、何せここまでの大ごとになってしまったので、懲戒免職はまぬかれないだろう。下手をすれば切腹ものだ。

 木曽清の検死で、刺した槍の穂先は笹穂だとわかった。しかも臍の下に四角い痣があり、体重をかけてとどめを刺す時に木靴で踏んだためできたものと思われる。キンタナの木靴を押収して痣の形状と一致するかどうか確かめれば、誰の犯行かは瞭然だ。

 そして、アサフラの狙いも浮き彫りになった。アサフラは属性宝石ジュエルだけでなく、材木商も営んでいた。しかも、建築用の材木だ。その材木はいま、暴風によって破壊された家の再建に使われている。

 詳しい数字はわからないが、大量の翡翠を売りさばくよりも更に数十倍の稼ぎになったことは確かだ。


「隊長! マルフレカに急使を飛ばし、アサフラ・トゥミカンを拘束するよう手配しました」

「うむ」

「それから、キンタナ・プラトルですが、マルフレカ街道を避けて、ディフォレステーションを通りマルフレカに向かっているようです」

「ディフォレステーション……違法伐採が蔓延る、荒れた土地だったな」


 エルフが「森林への強姦」として忌み嫌う違法伐採は、しかし森にのみ存在する貴重な資源を欲する悪徳業者の意を受けた伐採者により延々とその活動が続いている。エルフは伐採と放火に対して非常にシビアで容赦ないため、伐採者は互いの雇い主や氏素性に関わらず、結託して助け合うというしきたりが生まれた。「森の中では、親の仇を親だと思え」というのが彼ら彼女らの掟だ。

 その伐採者が根城にしている地域がディフォレステーションだ。マルフレカの目が行き届かず、無茶さえ起こさなければ何事もなく通行できる。違法伐採者は山賊ではないので、通行人を襲うような真似はしない。


「先回りして、待ち伏せましょう」

「間に合うか」

「奴らはかなり遠回りをする羽目になります。街道を遣って急げば、十分間に合います」

「ソルベが言うなら、そうなのだろう。指揮を任せた」

「はっ。必ずや、やつばらに報いを受けさせます」

「殺された佐川や、忠さ……風間のため、そして奴らの利益のために家作や田畑、命まで失った者のため、気張っていけ!」

「「「ははっ!」」」


 細木の檄で、第二関所のメンツが駆けだす。

 戦仕度のようなその軍勢に、町の住民や、第一関所の役人、さらに街道筋を行き交う旅人や商人までが奇異の視線を向ける。

 しかし、暴風の爪痕が色濃い中で、その威勢が励みになることもある。

 事情を知らず、頑張れっ、と声をかける者。指笛を吹いて鼓舞する遊び人。見覚えのある端材屋の主人が何やら勘付いたように拍手で見送る。

 ディフォレステーションからマルフレカに、街道を使わず至るためには、必ず通らなければならない橋がある。アサフラの妾宅にあった橋と違い、屋根もなければ欄干はところどころ腐り堕ちて頼りない、粗雑な橋だ。ただし、馬車かなにかの通行を想定しているのか、幅は広い。

 橋の下を流れる川は急流と呼んで差し支えない速さだ。山が近いせいかもしれない。

 丁度橋の側に大きな櫟の樹があったので、その陰に捕り方が隠れる。

 キンタナたちの姿を捕捉した。急ぎ足で、九人の連れがいる。同じくアサフラの子飼いか、金で雇った道中の用心棒か。何にせよ凶暴な連中に違いない。

 橋の半ばを通り過ぎたところで、捕り方が樹陰から姿を現す。予想していなかったのだろう、キンタナがぬうぁ、と奇妙なうめき声を発した。


「キンタナ。貴様と貴様の主人が企てた凶悪な謀は全て露見している! 同族にありながら森を破壊し、罪なき者の家財生命を脅かせし罪は断じて許せん! 無様に抵抗する者は、ソルベ・フラシアトルが氷漬けにしてくれる!」

「くそ……第二関所の、女将軍が……」


 やはりその綽名は悪党の中で公式に通っているらしい。かなり恐れられていることは、キンタナの連れの動揺具合でわかる。


「な、何を戸惑っているのです。ここを切り抜けなければ、どうにもならないんですよ」

「黙れっ! キンタナ、貴様に切り抜ける道などない!」


 レイダが槍を構えて吠えた。

 キンタナも槍を構え、侮るように言う。


「先日もお会いしましたね……折角の包みを川に投げ捨てた、愚かな役人さまではないですか」

「あのような誘惑に負けるほど、みじめではない」


 その後川浚いを二時間近くしたみじめな記憶は封印した。石取がどこまで行っても石取だと知れただけで、収穫だ。


「ひとつ、聞きたい」

「なんです」

「妾宅で殺したあの男、何者だ」

「レジギンガが獄中で知り合った友人だそうです。レジギンガめ、悪党の癖に妙な友情に目覚めましてね……あいつも一緒に脱獄させなければ、協力しないと言い張ったのです。旦那様は、一人でも二人でも大して変わらぬと、受け入れました。後に始末する死体が二つになるだけだと」


 平然と言ってのけた。

 まだ、戦いは始まらない。


「だが、三人目……佐川殿を殺害する羽目になったのは誤算だったようだな」

「ええ、本当に。あのクソデブめ、処理するのにどれほど苦労したことか……!」

「……ソルベ様! この男は、私に任せていただきたい!」

「いいだろう! 全体、かかれ!」


 戦いの火蓋が切って落とされた。

 まず、死に物狂いで突っ込んできた男が、瞬く間に氷漬けになる。その氷漬けにぶつかって体勢を崩した男は、鉄棒で頭を殴られて昏倒した。

 乱戦の中で、捕り方は素早く橋の後ろ側にも回り込み、退路を断った。

 キンタナは舌打ちをかまして、光線のような殺気を飛ばす笹穂をレイダに向ける。

 離れた安全圏から座って見守るネパルティチカが、意外そうに隣に座る石取に言う。


「レイダさんは、てっきり弓がメインウェポンだとおもっていまひた」

「俺もです」

「ところで、捕物に参加しなくてよろひいので?」

「よくよく考えると、俺は今回かなり頭脳労働しましたからね。肉体労働は免除ってことで」

「ははぁ。それにしては、満足していないお顔ですな」

「そう見えます? 多分、思ったほど袖が重くならないからですよ……大商人が絡んでうまくすればどっさり儲かると思ったのに」

「そうは見えませんな。心のどこかに、引っかかりを覚えているように見えまふ」


 エルフの老爺に見透かすように言われて、居心地悪く身をよじる。


「いやぁ引っかかりなんて、とても思い当たりません……」

「そうでふか……お、レイダさんが動いた」

「まあ、弓にせよ槍にせよ、我が相棒は負けませんよ」

「信頼している?」

「誇り高いエルフですから。誇りも糞もないエルフに負けるわけがない」


 実際、両者の槍さばきには歴然とした差がある。

 レイダは普段から口やかましいくらいに気品だの誇りだの戒めるだけあり、荒々しい突きや払いの中に騎士的な上品さが存在する。一方キンタナは、攻撃すればするほど、上辺に張り付けた上品の皮が剥がれ落ちていく。


「どうした。私の腹は厚くないぞ。佐川殿のように、刺すに苦労はないはずだ」

「小癪な……秘技、狐円!」


 槍の長柄の半ばを握り、尻尾を振るように首筋を掻こうとする。捷い。秘技というからには、奥の手を使ったのだろう。

 レイダは首をすくめもせず、泰然と自分の槍の柄で受け止める。笹穂が、白い首筋に触れるか触れないかという紙一重を保っている。

 水音がした。橋から一人、悪党が投げ落とされたのだ。橋の上には氷漬けの人間が三人、気絶して縄を受けたのが四人、残った一人は戦意を喪失し、へなへなと座り込んでいる。


「終わりだ、キンタナ!」


 受け止めていた槍が、悠然と振るわれる。

 腹への斬撃を予知したキンタナが咄嗟にかばおうとする。予知に反して、レイダの槍が襲ったのは膝だ。ざっくりと肉を斬られ、膝の皿に痛恨の打撃が与えられる。たまらずひっくりかえる体の上に、レイダの足が踏みつける。

 両手で槍を掲げ突き刺そうとするその姿は、傾いた陽の陰翳に染まる顔とあいまって、悪鬼のように見える。


「た、たすけ、ころさないでくれぇ……!」


 全身全霊を込め、槍が鳩尾に食い込む。

 体がくの字に折れ曲がり、口から白い泡がごぼっと溢れる。

 出血はない。腹に突き刺さったのは、穂先ではなく石突だ。


「お前へ向けられる憎しみは、この程度ではない。ただ一突きで逝けると思うなよ……!」

「が、がはっ」


 気を失った。

 白い泡の中に、徐々に赤色が目立つようになる。胃の腑が損傷し、食堂を血が逆流したのだ。

 橋上の捕物は全て片付いた。氷漬けの男共は、急流に放り込む。すぐに沈んで見えなくなった。

 遠くで野次馬のように見物していた石取とネパルティチカが、戦慄する。


「ひえぇ、ソルベ様はやることがおっかないな」

「伊達に悪党に畏れられちゃいないんですね……くわばら」

「俺も内勤に鞍替えしようか……」

「はっはは、丁度いい。空いている席が、ひとつありますよ」

「え? その席にあなたが座るんじゃ」

「その予定でひたが……役人生活にも疲れたもので、ここでひとつ引退しようかと」

「……そうでしたか。長らく、お疲れ様です」

「ははは。いやあ、そう改まられると、どうもね。幸か不幸か、エルフの寿命は長い。老後も長い。丁度、嵐で壊れた物件が格安で売却されていたので、買い取って居酒屋でも開こうかと。どうぞ、贔屓にしてください。あ、でもこっちはお手柔らかに、ね」


 自分の袖に指を突っ込むしぐさをして、悪戯っぽく笑う。エルフの服は袖にゆとりが少ないので、さまにならない。

 石取は、思案するように固まっている。

 生かして捕えた数名を縛め、連行する。頻りに腹を押さえるキンタナを引きずるのは、もちろんレイダだ。誇らしげの表情が斜陽に照らされ、生き生きと輝いている。


「石取! ネパルティチカ! そこで何をしている!」

「あれ、見つかってしまいました。行きまひょうか。石取さん?」

「え、ああ、そうですね」

「どうしました?」

「え? その、まあ、引っかかりが解決した、といいますか」


 曖昧な笑顔でそう返して、レイダたちの隊列に加わった。

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