4-2 くすんだあの日の風は昨日の廃墟に打ち捨てて
九尾の狐は中国に伝わる伝説上の生き物で、九本の尾を持つ狐の妖怪である。日本でもこのイメージは変わらず伝わっており、歌川広重や葛飾北斎の絵にも登場して描かれている。もちろん、その尻尾の数は九つ。巨大な狐として描かれている。
ではなぜ、九尾は九本の尾を持つとされているのかというと、それは伝え伝わった中国の昔では、九が極数(これ以上ない数字)であると考えられていたからである。つまり、この世で一番多い数の尾を持つ妖狐のことを九尾の狐と昔の伝説上では呼んだわけなのだ。
そしてときは現代、元号は令和。一人の男を透明人間に変えてしまった妖狐の尾は九つどころではなく、数十にも登るという。化かされた本人が言うのだ。あながち間違いでもなかろう。
自分が見た秋田谷は白銀の髪をしたツインテールで、透明人間になった関口氏の見た狐は真っ白な白銀色だったという。ここは合致している。また、オオカミ様のお言葉では、「秋田谷神宮に銀狐がいる。放っておくと良くないことが起きる。成敗せい」とのことだった。ここでもまた白銀。すべて同一と考えていいだろう。つまり、白銀の白狐、数十尾の妖狐は何らかの形で秋田谷と同一化し、そのチカラを増して秋田谷神宮周辺地域へ悪影響を及ぼしている。参拝客の一人を透明人間にした経緯や理由は不明だが、このままだと他に被害者が出てもおかしくない。秋田谷を救うにしても、透明人間を助けるにしても目標は同じ。なんとかせねば。
「これからどうしましょうか」
透明人間は言葉を発する。不安そうなのか無表情なのかはさっぱりわからないが。
「うーん、どうしようかな。ここは秋田谷神宮だし、秋田谷の父上にお願いしてみようかな。うーん、でもあまり心配事をかけるのも良くはないかな。いやしかし、そんなこんな言ってる場合ではないかーー。いや、ここの霊的力を利用すればあるいはーー」
うーん、うーん。ブツブツ、ブツブツ。
「久遠氏? 大丈夫を?」
「あーっ!! まとまらない。考えが、なにかいい考えがないか考えると。くそっ、あれもこれも出てきてまとまらない。くそーっ」
「久遠氏、お冷」
「ありがとう」
「私にできることがあればいいのですが……」
関口氏は言葉もその姿同様に消えてしまいそうである。
「透明人間……透明人間……なぜだ? なぜ、透明人間……透明……姿が見えない……見えない!!」
ああっ。
急に思いついた僕は思わず立ち上がって透明人間の手を取った。だいたいここにあるだろうと思ったところにあったので、感触を得ることに成功。握手をしてぶんぶん振りながら僕は言った。
「秋田谷はちゃんとヒントくれていたんだ。そうだよ透明なんだ」
二人はぽかんと困惑している様子だったので、まずは二人への説明から始めることにした。
※ ※ ※
秋田谷神宮総本殿、裏側。巨大な御神木にしめなわがぐるりと、これまた巨大で太く施されていた。その木の麓に油揚げを二枚お供えし、そしてさつま揚げが頂点になるように図形を木の棒で線を書き始めた。あえて呼ぶなら十六芒星? かな。まるで何かな魔術か何かに見えるけど、儀式でもなんでもないんだよね。
「十六芒星?」
「十六方位だよ。東西南北四方位に北西南西北東南東の八方位、もう一つ足して十六方位。たとえば北北西とか? かな。白い狐で白狐って言ったでしょう。それにあやかる。油揚げを北として、西の方角に白狐、妖懸しの狐を呼び出す。透明人間と同じさ」
秋田谷は最後「自分が神隠しに遭うかもしれない」って言葉にした。それは姿が見えない、存在するけど見えなくなる、つまり透明人間と同じことが言えるって理屈さ。秋田谷は今透明人間であることを関口氏を使って伝えようとしたのだとしたら。答えは簡単。サーモグラフィーでもなんでも使って、見えるようにすればいいのさ。
「でもなんで、油揚げを……?」
「庵原、何で僕らには狐が見えないんだと思う?」
「さあ、透明になる妖術があるとか!」
「当たらずとも遠からず、かな。正解は信仰がないからだ」
「信仰?」
「宗教の信仰ね。神様を信じるとかって意味。実は神様って信じていない人のところには現れないんだぜ。知ってたか? 信仰がないと駄目なんだわ。つまり信仰のない神様は人間に存在を認識されていない、透明人間みたいな扱いってこと。でもこうやってお供え物をして、方角もきちっと示してやればーーできた」
十六芒星を書き終えると、円の外に出て刀に手を掛ける。庵原と恐らく透明人間の関口氏がいるだろう方を見て頷く。
円形発光。回転。光が回り、西を指して一直線。光の向こう側から何かがでてきた。光の扉が開くような形をして、その間から出てきた。
数十……いやおそらく百は数えるであろう白い尻尾。それは無数に広がり、まるで扇のようである。体は白そのもの。毛並みが美しく、乱れることなく整っている。胴体は蛇のように長く、秋田谷が全裸で巻きつかれるような形で中心に居た。頭は二つ。どちらも上下に口が付いていて、虎のようにけたたましい牙が荒々しく剥き出している。
妖刀、蹂弐一重合体剣ーー抜刀。
「さあ、いくぜ」
「また神様との戦闘かを!?」
「あっ……ああ! も、戻りました!」
関口氏の体がもとに戻った。透明ではなくなり、普通の人間としての姿を取り戻した。自分も庵原もそれを確認。おそらく妖狐の光を浴びたことにより、透明人間から元の姿に戻ることができたのだろう。
「下がって。ここからは僕ら二人で行きます」
「はい。お気をつけて」
「ったく……仕方ない。やるを」
妖狐が叫びだしたのを合図に抜いた刀で斬りかかっていった。
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