1-2 例えばゆるいしあわせがだらっと続いたとする
「佐藤絵理さん。17歳。六日前から自分の周囲で火の気の無い所に火が点くようになり、それが自分の仕業だと四日前に気づく。きっかけは自分の考えが変わったこと。嫌なことがあると基本的に消えたい、死にたいと思っていたのに最近は『燃えてしまえ』と思うようになり、それが現実のボヤ騒ぎと重なったこと。回数が偶然とは言えなくなったこと。そして、終いが言いがかりを付けてくる気に入らないクラスメイトの家の前を通った時。思い描いた通りに火を操ることが出来た、と。ふむ」
「いわゆるパイロキネシス、発火系超能力ですな、久遠氏」
庵原は何故かメガネをクイッとして得意げである。
「また、その炎焼は周囲、つまり第三者に気づかれる時とそうでない場合がある。物が実際に可燃する場合と、燃えているように見えて現実では燃えていなかった場合。これもある。これは周囲の反応と、実際に炎焼現場に触れてみたが熱さを感じず、手が焼けることが無かった不可思議によってわかった、と。なるほど」
「自分の意志で操れるなら最高! しかし、気がついたら燃えているような、意図せぬ形で能力を発揮してしまう事。佐藤氏はこれが怖くなったなったんだを」
「なるほど。それで、掲示板の張り紙をたまたま見て僕らのことを知って連絡した」
「はい」
無論、掲示板の張り紙を見たのはたまたまでは無い。超能力に出逢ったヒトだけが目に入るように、いつの間にか自然と張り紙の前を通るという、そういう細工が施されてある。
「分かったよ。ありがとう。まずは話してくれてありがとう」
「あの、私は、大丈夫でしょうか」
俺はここまでを紙のノートに記録し、ペンを置いた。そっと手を差し出して彼女にコーヒーを勧めた。彼女は震える手と表情で一口だけ口にした。庵原も流石にこの時ばかりは、真剣である。
「うん。大丈夫。これは僕らで正解だ。さすがに話だけで原因が特定出来たわけじゃないけどね。まだ、発火系となると候補がいくつか残っていて、絞りきれていない。でも、間違いない。相談相手は僕らで正しいよ。病院や警察みたいな公的機関を頼らなかったのは正解だ」
検討も付かない人間がこの手の物に手を出そうものなら、結果として余計に悪くすることが大半だから。分からないけど、分かってあげようとするから。それでは駄目だ。誰かが他人の事を分かることなんて出来ないし、理解することはできない。
不可能だ。
だけど、この類なら話は別。現在、僕の専門だ。
「それじゃあーー」
「いいよ。受けよう。ここ三ヶ月ぐらいそういう話がなくて退屈していたんだ。しかし、条件が一つ」
彼女はやや怯えていた。いや、戦いていた、か。俯き、目を泳がす。視線はどこか助けを求めるように庵原へ向きがちだ。あんな奴のどこがいいんだ?
「お金でしょうか。それとも……」
「いや、お題は貰ってない。無料だからそれは大丈夫。あれ? そこの庵原が説明しなかったかな」悪いけど暇つぶしみたいなものだからね、と続ける。「条件というのはこれからの事はすべて他言無用で頼む。両親にも友人にも、信頼できる人にも絶対にだ。それだけは守ってくれ」
「ーーわかりました」
「オーケー、いいよ。佐藤さん。それが出来るなら問題なし。さっそくこれからでも、構わないかい?」
「はい。そのつもりで、来ました」
じゃあ、まず説明から。今回の説明のつかない事象の説明から。
「超能力っていう、説明のつかない事象は昔から“妖かし”の仕業だって言われてるんだ」
相談者である彼女はその言葉に驚いていた。それは驚嘆というより予想外に近い。庵原は斜め上へ顔を向けて眼鏡を光らせていたが、誰も注目はしていない。当の超能力者はそのせいでしばしぽかんとした顔のままになっていた。
※ ※ ※
妖かし。妖怪。ものの怪。
百鬼夜行、魑魅魍魎などその呼称は様々、言い伝えも地方によって異なり、キャラクター化や娯楽化にまでになるその妖かし。俺は現代における妖怪の事を“妖懸し”と書いている。手帳を千切って記し、彼女の前に差し出す。
「そう、妖懸し」
文字は大切だ。言葉は大切である。
言葉になれば、感情も思考も見えないモノも形になる。仮だとしても、例えればソレは共有できる。共通認識だ。
「妖怪でも、魑魅魍魎でも、“妖かし”でも良いんだけど、それだと昔の言い伝えとかと混同してしまう可能性がある。今は令和だからね。時代が変わってもそう言った話が無くなることはないけど、姿形は変わるものさ。平成初期の携帯と令和の今の携帯じゃあ、明白に違う。それこそ、日本開闢から鬼などの妖怪が記された古事記が完成した奈良時代なんて、やり取りは文通だ。しかし、携帯電話も文通も言葉をかわす目的としての手段であることに変わりはない。絵巻とかで妖怪奇談が語られるように、そうだな、ひとむかし前ぐらいなら学校七不思議とか。存在しない駅“弥生駅”などのインターネット怪談ならそういうやつか」
「令和の怪談は断然『aみ』氏ですな」
……クイッ、クイッだった。
異論賛同はともかく、しかし小学生の児童書までとは。守備範囲広いな、庵原。
「まあ、とにかく、超常現象、不可思議も時代によって姿形が変わるモノなんだ。しかし、言葉や形が変わっても本質は変わらない。それこそ、妖かしが語られていた時代では、たとえば不審火なんかは鬼の仕業だと恐れられていたものさ」
「鬼?」
「鬼ですとな、久遠氏。今流行のあのーー」
「違う。無限列車で弁当を無限にうまいうまいと食うあれとは違う。もっと信仰的な方」
それなら俺も読んだことある。無論、このオタクから流れるようにして、専門書の上に積読されたせいであるが。
やや、冷め始めてきた珈琲を飲み干し、俺は言う。
「佐藤さん。お酒は……飲めないよな。未成年か。うん、御神酒とかを舐めるぐらいはできそう?」
「ごしんじゅ……ですか」
俺は秋田谷に用意を頼む。それのついでにと、ピーチカクテルとハイボール濃いめをロックで頼んだ。前者は俺。後者は庵原。
「良いかい? きみの今の状態を鑑みるに、僕は何かが懸っている状態だと思う。超能力っていうのは中々便利かもしれないし、他人との関係を優位に進められたりもするけど、その本質は人間の精神なんだ。見えない人間の怖さを見えるように共通認識したモノ。それが超能力」
超常的現象を可視化へ誘発する能力。自由に、思いのままに。能力者の意図したように。
「すまない、もう少し分かりやすくいこう。ええと、たとえば物が宙に浮いたり、奇妙な音・奇怪な声が聞こえる。物がひとりでに破損する、発火する。そう言う現象を『超能力』の仕業だ、と言うことは少ないだろう? 大抵は妖怪の仕業・祟り、神様がお怒りだ、とかって言わないかい」
「ああ、秋田谷。ありがとう」そこへ注文したアルコール飲料と共に、御神酒が彼女の前に運ばれてきた。
「おおっ、これがひかりんが愛を込めて作った特製カクテル……ハァハァ……あっ」
秋田谷が流れで庵原にも渡そうとしたが、その言動に心底気味悪がった。お盆で叩くことすらせずに、軽蔑の視線を向ける。本当に嫌悪するとそんな顔になるのな。
「え、ええと。ひかりん……さん。今日もゴシックな衣装が可愛いを……です」
溜息をつかれ、呆れられた庵原にもアルコールが提供された。もはや「あざます」としか長針……じゃなかった長身オタクは言えなくなっていたが、気にすることはない。いつものことだ。
「続けるね。僕は霊能力者でも祈祷師でもないから、何か感じ取れるとか、取り憑いてるとかそういうのはもちろん分からない。ただ、君が超能力を使えるって言うのならそれは間違いなく“妖懸し”だ。仕業でも、“せい”でもない。何か儀式を行ったとか、真似事をしたとかじゃないのなら間違いない。そして、解決法としては、元凶を誘き出して殺すことになる」
俺は早々にカクテルを半分ほど飲み干し、続ける。
「近くにいる、って言うのが分かりやすいかな。取り憑かれてもいないし、君と妖懸しは別だ。一体化でも同一でもない」
店が混んできた。長話もあれだし、そろそろ話を終わらせないと。
「佐藤さん。もう一度だけ確認。解決したいのは謎の発火を止めること。つまり、超能力を失うこと、元に戻ることで間違いないね?」
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