第79話 卵と鶏

「ローダークは…神々は人の世界に直接干渉をすることを禁じられておるのじゃが、ローダークは退屈すると人をそそのかし、気まぐれに力を与え、人の世をかき乱すのじゃ」

 ペルゼンでの惨劇はその機会の一つだった、と賢者ヒメックは言う。

「機会の…一つ?」

 アルフレッドの言葉に、ヒメックは頷く。

「そも、ルシーダは自国に居た時から尊大な態度に、怪しげな術を操っていたと聞いておる。じゃが…生まれた時からそのような人は居らぬ。彼女をそうした者がいるのじゃよ」

「なるほど…」

 というとフォックス家の誰か、だ。公爵家だから乳母やメイドなど大勢の使用人がいるだろう。

「風の便りでは、彼女に最も近しいもの、と」

 マルヒが言うと、今度はオズが頷いた。

「調査では、乳母が怪しいですね。随分昔に、怪死しています」

「怪死?」

「ええ。領地の屋敷にある庭園で発作で亡くなったそうですが…その場に居たのは当時10歳のルシーダのみ。”詳しく”調査したところ、乳母の遺体は無く周囲は黒く爛れていたと証言があります。雷に打たれた、というのが公式の調査結果ですね」

 古参の使用人が言うには、その乳母は当時の公爵夫人の病を治した功績で、屋敷へと雇われたという。

 妙な鉱物、薬草を仕入れたり、動物を使った実験をしていたそうなので、周囲は避けていたとも聞いた。

「先程遺体はないと言いましたが…庭師は衣服と髪と皮が残っていたと話したそうです。あ、これは極秘でお願いします」

 フォックス公爵家には、対外的に晒さないのなら全てを話す、と言質を取ってある。

 それは自分たちだけでなく、領地と領民を護るため、と長兄のセルトは厳しい顔で話していた。

「その乳母も、誰かからそそのかされたのね」

 アメリアが思わず呟くと、ヒメックは言う。

「その通りじゃ。…どこかで悪意の種が育ち…ゆくゆく花開けば良いと、ローダークはその過程も楽しんでいると聞く」

「悪趣味だな!」

 ウィリアムが顔をしかめて言うと、マルヒが苦笑する。

「もともとそういう神様ですからねぇ」

「光が生まれて出来た影の…闇の神、か…」

 アルフレッドも渋い顔で言う。これからずっと、その神からは逃れられないのだ。

 もう少しフローライトが活動的になってくれないとやってられないとさえ思う。

 若者の当然の思いを表情で感じ取り、マルヒは言う。

「ふふ。フローライト様も黙って見ているわけではないですよ」

「…何か対策を講じていると?」

「最悪な場面では聖女を遣わしてくれますし、聖女ほどの力はないにしてもそういった力を持つ者や、武具を作ってばら撒いてくれていますから」

 そう言ってマルヒはマーカスとアメリア、そしてアルフレッドを見た。

「なるほど」

「え?…アルフレッド様もお持ちなの?」

 歪んだ世界では持っていなかったが、確かに今は帯剣している。それは見たことがない、銀と青のとても美しい剣だ。

「”氷凛”です。メンデル家の秘宝ですよ」

「適合されたのですね。おめでとうございます!」

「…はい、ありがとうございます」

 アメリアはその剣がどこにあったか知らないため、喜んでくれている。

 実際はメンデルの名を継ぐアルフレドの元へマーカスが持ってきて、”聖女を護る”という誓いを立てたところ所持を許されたのだ。

 魔剣としても「主と、主の大切な者を守りきれず、悔しい思いをしたのでしょう」とはマーカスの見解だ。

 アルフレッドは、ウィリアムに魔剣を所持してほしいと思ったが、彼は”一国の王”というだけ。

 ”聖女”の印を持つ者が失われれば、また”世界”が滅亡の道を歩むかも知れない。 

 世に蔓延るかも知れない悪を滅する事のできる”勇者アメリア”を護るほうが、何倍も大事なのです、とマーカスが説得したのだ。

「それで、ローダークの槍は?」

 話をそらすように尋ねれば、カーターは肩をすくめた。

「ない。封印されてたが影も形もない」

「封印?…国宝だったのでは?」

「あれを人が扱うのは無理でしょう。…賢者や聖女が魔力を込めた、特別な鎖でがんじがらめになっていましたよ」

 ひょうひょうとマルヒが言うが、国宝と聞いていただけにその事実は意外だった。

「それほど危険な槍でしたか」

「過去に扱えた者がいるという話が流布していますが…嘘でしょうね。相反する力を持つ聖女すらも、絶対に触れない、とおっしゃっていましたから」

「それじゃあ封印出来てなかったんじゃ?」

 ウィリアムが少々無神経に言うと、マルヒは苦笑する。

「その通りですね。…声が聞こえる者をそそのかすと言いますか…悪しき心を持つ者を、ただ待っていたのだと、今なら思えます」

 しかも城の地下だ。必然的に接触してくるのは権力者か、それに近しい者になる。

「それで、ルシーダが」

「だろうな。王兄の妃だから十分な権力を持つ。…いつから地下になかったのか、わからん」

 ローダークは悪の種が芽吹き、成長していたのを見て、力を与えた。

 その後は日記の通りである。

 トゥーリアの面々は疲れたように椅子へ背中を預けた。

 オズは事務的に伝える。

「…メイソンは下級魔族へ成り果てていたルシーダに操られていた、と発表します」

 それは他と同じように脅され辛酸を嘗めさせられていた、フォックス家一族と、領民たちのための嘘だ。

 ウィリアムが「それでいいのか?」とアルフレッドを見る。

 彼は頷いた。

「もちろんそれ相応の条件も提示しました。ルシーダもまたフォックス家だったことから…諸々の監督不足ということで、公爵から伯爵位への降格、宰相の地位は返上、王宮の政には手を出さない、という契約を交わす予定です」

 アルフレッドが出したこの条件をフォックス家の面々は喜んで受け入れた。

 当主とその姉の罪の内容は、本来お家取り潰しどころか一族郎党処刑となってもおかしくないからだ。

「あそこは穀倉地帯ですし…他が介入して穀物市場が混乱しても困りますからね」

「ええ。遡り前も、穀物については価格操作など一切ありませんでした」

 親は親、子供は子供、人格の異なる赤の他人なのだ。

 それにフォックス家の兄弟は各種捜査に協力的だった。きっとこの事を見越しての打算だったのかもしれないが、結果的にうまく行った。

「…ペルゼンとは、この恐ろしい歴史を共有して…密な国交を樹立したいと思っています」

 アルフレッドはウィリアムを見た。

「そうだな。忘れたら…またひょっこりとドロシーみたいなやつが出てきそうで怖い」

 ドロシーはルシーダが変化した、ウィリアムたちの教育係だった。今思えば王族を鞭打つのはおかしい。

 アメリアははたと気がついて、カーターに問う。

「フローライトと、月の石はそちらにもありますか?」

 王城にはあちこちにあると伝えると、彼は頷く。

「あるある。…フローライトは流石に少ないが…俺や側近も持っている。もう少し産出量が増えてほしいが難しいな」

 マルヒは「世の理でしょう」と言う。

 アメリアは首を傾げた。

「…善と同じく悪も必要、ということです。無くなると、世界が停滞するのでしょう」

 貴女も遡り前の不遇な時があったからこそ、善き世界へと必死に導いたはず、と言われると「むぅ」と唸ってしまう。

「卵が先か、鶏が先か、という話ですねぇ」

 アルフレッドがふむふむと理解したように言うと、ウィリアムがもう無理!というように言った。

「…難しい話はそこまでにしょう!…カーター殿、酒は?」

 カーターはニヤリと微笑む。

「好物だ」

「よし!この後は祝宴にしよう!」

「ウィル…」

 リリィは苦笑しているが、同じく脳筋のアメリアは喜んだ。

「私、剣舞をやります!」

「宴会の出し物みたいに言わないで下さい…おっと、アルフレッド様は見たいですね」

「え。あ…ああ。アメリア、また見たい」

「わかりましたわ!」

 こうして酒宴が催され、トゥーリアとペルゼンの国交はより強固になったのだった。

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