第56話 心配する友

「まだ話は終わっていないよ」

「!…続きがあるのね」

「ああ。…カーター氏も話していたんだが、今までと風向きが違うそうだ」

「どう違うの」

「繰り返しは、今は7回目。だが、それまで行われた繰り返しと違い…なんと言えばいいか…。メイソンは6回目の途中だと思っているのでは、と」

「……?」

 自らが時を逆行しているのに、勘違いするのはおかしい。

「基点が違うそうなんだ」

 繰り返しの基点は多少前後あるものの先王の治世の最中。7回目はある地点までは6回目と全く同じ道筋を辿っているという。変わり始めたのは、アメリアが王妃となったその日から。

「”今”は、メイソンが起こした逆行ではない、ということね?」

「流石はハニーだ」

「茶化さない!…それで、カーター氏の意見は?」

 貴族としてそれなりの知識はあるが、そういう方面の知識はあまりない。

(だから、あの子…書庫で怪しい魔法の書物がどこにあるか、訊いてきたのね)

 今更ながら、その行動にもう少し疑問を持つべきだったと思う。彼女の、外部に発現不可な魔法をなんとかしようとしているのか、と考えていた。

「7回目の時の逆行はメイソン以外の者によって引き起こされ、アメリア王妃は6回目の記憶を持っているのでは?という事だ」

 逆行を引き起こした者しか、記憶は残らないという。

 だからカーターにも記憶はないのだが、代わりに手記が残っていてくれた。彼は”意外と筆まめだろう”と自分自身に苦笑していた。

「なるほど…だからメイソンは記憶がないのね」

「ああ」

「だから…アメリアが変えられる事に、対処出来なかった…そういうことなのね」

 散々対応で悩まされたメイドのダイアナが初日から行方をくらませているのも、本当に不思議だったのだ。

 もしかしたらキッカケはあの大きなフローライトのペンダントだったかもしれない。

 いつ見ても首に下げているから「よほど大切なのね?」と訊いたら「外れないの」と苦笑していた。

 冗談かと思っていたのだが。

「フローライトに…呪いなど掛けられないわよねぇ」

「当たり前だよ。相反する術だからね」

「エリック、アメリアのつけていたフローライトのペンダントを見た?」

「ああ。あれほどの大きさの石は中々ないから、さすが王妃様だと思っていたけど」

 彼もアメリアが王族となったから、と思ったようだ。

「違うのよ。陛下からのプレゼントでもないわ」

「そうなのかい?」

「ええ。…誰から貰ったのか、訊いておけばよかった…」

 そんなイザベルにエリックは言う。

「調べれば、分かるかもしれない。幸い、商会には山程知り合いがいるし」

「なるほど、購買記録ね」

 大粒のフローライトを購入したいから産出場所を探している、と”公爵家”が言えば確実に教えてくれるだろう。

 もちろん見つけたら買い上げて生まれてくる子供に渡したい。

 そこまで考えたところでイザベルは気がつく。

「!…だから、あの子、2つだけ…」

 自分が用意したフローライトをメイドに与え、2つは取っておいてくれと話していた。

「?」

「私がかき集めたフローライトよ。一つは私の子供、もう一つは…リリィの子供、という事なのね…」

 先程焦っていたのは、歴史が変わった事に…子供が一人消えた事に狼狽していたのだろう。

(陛下の不実の子だというのに)

 もしかしたら、アメリアが記憶している世界では彼女が自分の子として育てたのかもしれない。

「まったくもう、なんてお人好しなの…」

 思わず、涙が溢れてくる。


 王宮へ上がり久々に会った時は、数年来会っていないかのように喜び抱きついてきた。

 洗練された所作と、それを褒めると非常に嬉しそうにしていた事。

 お母様そっくりに生まれてくるのよ、とまだ大きくなかった時のお腹を撫でながら言った言葉。

 …時折見せていた、憂い顔。


「あの子、一人でずっと頑張っていて…」

「そうだね…」

 もう少し落ち着いてから話そうと思っていたが、この状態では、後に話をしたら離縁だったかもしれない、とエリックは反省した。

「もしかしたら…あの子の知る世界では、私は死んでいたのかしら」

 いつ会っても身の回りの心配しかされない。

 子供の心配はされていないから子供は無事なのだ。自分は産んだ後に殺されたのかとも思う。

「ハニー、もう未来は変わっているよ」

「…カーター氏の手記を読んだの?」

「ああ」

 どうやら本当にそのようだ。愛おしそうに抱きしめてくるエリックの腕をつねる。

「いたっ!?」

「知ってて話さなかったわね?」

「はは…。君が大事なんだ、イザベル」

「もう!…こういう時だけ名前を言うなんて」

 自分は可愛くない女だと思うが、エリックは食えない男だ。

 そんな二人だからこそ、夫婦となれたのだろう。

「あの子がメイソンをやっつけたら、盛大にお祝いするわよ」

「もちろん!」

 妻の未来を変えてくれた存在だ。

 カーターも「女一人に任せるなんて、申し訳なくて手が出そうなんだがこっちは一度逃しているから、我慢している」と言い、ルシーダとメイソンという名の壁がなくなったら親交を深めたいと話していた。

「あと、あの子のお相手を変えないと」

「ん?」

「でも、先に婚姻を無効にさせなくてはね」

「は、ハニー」

 王妃が死別以外で王妃で無くなるという話は聞いたことがない。

「フォーミュラ家と親交あったわよね?…神官に”白い結婚”が婚姻の解消の材料になるか、訊いておいて」

「…わかりました」

 もう何を言っても無駄だろうと悟ったエリックは、愛しい妻のわがままを聞くことにした。



 その数日後。

 イザベルは無事に女児を出産し、もちろん彼女が亡くなることは無かった。

 警備は一層厳重となりアメリアは会うことは出来なかったが、その日、公爵家のタウンハウスの警備をしていた父のジャックから報せを受けて飛び上がって喜びそのまま号泣してしまったのは仕方のない事だといえよう。

 その赤子の髪は胡桃色、目は新緑の瞳だった…。

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