第54話 勇者の系譜
(やっぱりこの子は何かを知っている。…以前のアメリアではないわね)
時折、今のように淋しげな目をどこかに…ここではない場所へ向けている。
それは懐古だったり、哀愁だったり。自分の知っているアメリアにはない感情だ。
その視線は稀に自分や、自分のお腹にも向けられていた。極稀にエリックにも。
(…まぁいいわ。その内に話す、と言ったから時が来たら話してくれるでしょう)
イザベルはとても興味があったが、おそらく今の王宮の事態の元凶へ関わる事なのだろう。
自ら一線を退いたというのに、下手に首を突っ込んで自分と子供を危険に晒すのは愚策だ。
(それに、この子は強い)
アメリアを見ると「なぁに?」と首を傾げている。そういう仕草はとても可愛いのだが。
「いえ、勇者ノーラの孫だものね、貴女は」
「え?…勇者?」
キョトンとしている。
(あらいやだ。ジャック様ったら話していないのね…)
どうせ娘を大事にしすぎるジャックのことだ、その事を元にした求婚がないようにするためだろう。
どいつもこいつも変に口が固くて気に入らない。
イザベルはアメリアに自信を持ってもらうためにも、説明をすることにした。
「昔、クレイグ家は伯爵だったわよね?」
「ええ。大規模なスタンピードを収めたとかで、お祖父様の代に侯爵へ上がったわ」
クレイグ領は森と川と海があるとても良い土地なのだが、魔力が潤沢なせいか昔から魔物も多く、ダンジョンもあり農商業ではなく冒険者が活躍する土地だった。
そこへゴブリンやオーガなどのスタンピードが一斉に発生してしまった。特にオーガのスタンピードは凄まじく、平民はおろか大勢の騎士や冒険者が亡くなったと伝えられている。
「ジョージ様と、ノーラ様が出会った場所よね」
「そうね!」
ジョージとノーラは高齢のため一緒に過ごせた期間は短かったが、いつも面白い冒険譚を聞かせてくれた。
「スタンピードを収めたのは、ノーラ様よ」
「え?…お祖父様ではなくて?」
どうやらそのように教えられているようだ。
「そうよ。魔剣”流星”を手に、単身でオーガの巣窟に乗り込んだのよ」
「ええ!?」
「その背中を護ったのが、ジョージ様という話ね」
「そ、そうなの…?というか、イザベルその話はどこから」
「私が持つ商会は魔物素材を扱っているのよ。クレイグ領のある冒険者ギルドのギルドマスターと仲が良くなって、私がアメリアの友人だと言うと喜んで教えてくれたわ」
そこそこ口が固い人物だったが、良質な酒を大量に飲ませたら機嫌良さそうに話してくれた。
あとになって「ジャックには内緒にしてくれ!!」と泣きついてきたが。
「知らなかったわ…」
「そうね。クレイグ領の特定の土地以外は、あまり有名な話ではないようね」
冒険者や騎士、平民には人気の話だが、貴族は領地が荒れて立て直すのが大変だったせいかあまり話したがらない。
そうしてようやくアメリアは気がつく。
「ひょっとしてこれがその…?」
先程イザベルは魔剣”流星”と言った。
アメリアはいつも胸元に付けているサーベルをブローチピンから外す。
「あら!今日はまた一段と小さいわね」
幼い頃に目の前でアメリアの騎士ごっこを見ていたイザベルは懐かしそうに見る。
「…ベルは、大きさが変わるの知っていたの…?」
「ええ、メリー。貴女は小さい頃から嬉しそうに振り回してたけど、成長しても体に見合った大きさだなと思っていたわ」
そこまで言うとアメリアはクッションへ体を投げ出した。イザベルはクスクスと笑った。
「なるほど、気が付いていなかったのね?」
「うん…」
クッションを抱えて天井を見ている。
(本当に素直ねぇ…)
”流星”には、高位の光の精霊が宿っていると聞いた。この性格が、魔剣には好ましいのかもしれない。
だからこそノーラは”流星”を彼女に託し、アメリアは選ばれたのだろう。
「とにかく。貴女は勇者ノーラの孫よ。魔物が来たら、斬り捨てておしまいなさい」
「!」
アメリアはすぐに起き上がると、姿勢を正した。
「分かったわ。怯まず、立ち向かうわ」
魔物がダイアナの見た目だったとしても…万が一、人間だったとしても。
「…マーカス様とジャック様の後にしなさいよ?」
一応釘を刺すと「それもそうね」と笑って言う。
(本当に危なっかしいわねぇ…)
「あら?」
「どうしたの?」
「お腹、蹴ったみたい」
「本当!?」
アメリアは嬉しそうに隣に座り、エリックは心配そうにソファの背後へとやってきた。
「触っていい?」
「どうぞ」
柔らかい布地のマタニティドレス越しだが、張ったお腹と、そこから伝わる振動がある。
(もう少しね…また会えるわ)
「元気に産まれてくるのよ〜。お母様を疲れさせたら駄目だから早めに出てくるのよ〜」
「ちょっと、子供を脅さないでよ」
イザベルは苦笑しつつさり気なくアメリアの指を見る。これだけ宮中を穏やかにした功績があるというのに、相変わらずあるべきはずの指輪はない。
きっとウィリアムが用意しなかったのだろう。そして今も気付いていない。
(ほんっっっっと、王妃をなんだと思っているのかしら)
アメリアに言ったら「剣が握りにくくなるからいらない」と言いそうだが。
(それくらい、陛下に対して興味がなさそうだものねぇ)
たまに話を聞いたとしても、弟か息子のような目線での愚痴口調になる。
(まぁいいわ。相手を変えるなら…そうね、手を回しましょうか)
「貴女もそのうちにね」
「え?…私は、いいわよ」
なんとなく、ウィリアムの顔がちらついたような顔だ。ないない、という雰囲気が伝わってくる。
「陛下が浮気しているのだから、貴女も別の人を探せばいいじゃない」
「イザベルイザベル」
「それは駄目だろう、ハニー…」
エリックも呆れている。
「まぁ、きっと筋を通してくるわよ」
イザベルはアルフレッドの事を言ったのだが、アメリアはウィリアムの事だと勘違いした。
「そうね…そのうちに、ね」
リリィが側室となりいずれ子供が生まれるだろう。その子が王太子となるのだ。
「あら…?」
そう言えば、まだリリィは身籠っていない。
エリザとルイスの誕生日はそれほど離れていなかったというのに。
「どうしたの?」
「え?ええと…リリィさんは、お腹大きくなっていないなって…」
その言葉にイザベルとエリックは驚く。
「当たり前でしょう!」
「王妃様が居るというのに、流石にそのような事はないかと」
「そうだけども…」
歪んだ世界ではそれが現実だった。
(ということは)
結婚式の日にウィリアムを引き止めて話をして、酒盛りをした事により未来が変わったのか。
(ルイスが消えてしまっ…いえ、まだ居なくなった訳ではないわ)
最後は残念な別れとなってしまったが、今度こそ普通に…リリィと二人で育てて、立派にならなくてもいいから常識がきちんとある子にしたいと思っていたのに。
明らかに顔色が変わったアメリアにイザベルは話しかける。
「大丈夫なの?アメリア」
「!…え、ええ」
(大丈夫ではなさそうね…?)
頷いたのはいいが、目線がまたどこかに行っている。
「何か考えなければならない事があるなら、今日はこれまでかしら」
「!…イザベル…」
また泣きそうな顔になっている。
「不安な時は、必ず誰かに助けを求めなさい。いいわね?」
「う…はい…」
しょんぼりした様子で言うので、イザベルは「仕方ないわね」と言いながらアメリアを抱きしめた。
「また来るわ。可愛い子供を見せに」
そう伝えると現実に戻ってきてくれたようだ。
「!…そうね。無事に産まれることを、祈っているわ!」
笑顔で抱きしめ返すアメリアを部屋へ置いて、イザベルはエリックと共にコニーへ挨拶をしてから城を出る。
その目には遠ざかる城は映っておらず、アメリアの事を考えていた。
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