第38話 再会

 アメリアが王妃になり1ヶ月が経つ頃、ようやくその人物は王宮へやって来た。

「コニー様、お久しぶりです。よろしくお願い致します」

「こちらこそ、再びこのような役職を与えられるとは思いませんで…よろしくお願い致します」

 65歳になるコニーだが、美しいまま年を重ねるとこうなるという見本のような人物で、ひ孫もいるが”大おばあさま”と呼ぶのを憚れるような気品があった。

「それと…王妃付き筆頭メイドは拝命致しましたが、王妃教育の者は別途、お声がけさせて頂きました」

「あら、そうでしたの。どなたか…」

「わたくしよ!アメリア!」

「!!!!!」

 扉からパッと驚かすように出てきたのは、イザベル・エリオットその人だった。

「イザベル…っ!!」

 飛び出すように走りイザベルの元へ辿り着くと抱きつく。

 コニーはそれを穏やかに見守っていた。二人の年若い女性が巻き込まれた事態を理解しているからだ。

「心配したのよ」

「それは私の台詞だわ!…イザベルが王妃教育の担当なの?」

「ずっとわたくしが享受してきた事だもの」

 その言葉にすんなりと納得したアメリアだ。

「手紙には書いてなかったのに」

「驚かせようと思ったのよ。コニー様、今日はご勘弁下さいませ」

「ええ、分かっていますよ。私は準備に取り掛かりましょう。明日から容赦しませんからね」

 口元は微笑んでいるが目は笑っていない。

 思わず昔を思い出してカクカクと頷くアメリアに苦笑すると、コニーはスーザンとブリジットを伴って退室して行く。

「さ、親友を座らせてもらえないかしら?」

「ああ、ごめんなさい!さ、どうぞ」

 優雅な所作で歩く親友につい見惚れてしまう。髪は下ろしたままでふわりとウェーブのある髪が揺れた。

「もう、見てないで貴女も座りなさいな」

「!…ええ」

 潤んだ目元を少し拭うと、対面へ腰掛ける。

 ローテーブルにはもちろん、温かい紅茶と流行りのお茶菓子が置いてあった。

 その様子は、学生時代に寮のサロンで語り合った雰囲気そのもの。

(懐かしい…)

 アメリアはそう思いつつ、紅茶を飲む。

 カップをソーサーへ置いていると、じっとイザベルがこちらを見ているのに気がついた。

「どうしたの?」

「所作が、良くなっているわ。誰かに教わったの?」

「そう?一ヶ月、特に…スーザンの真似をしたくらいね」

 古参のメイドのスーザンを見て復習していたのは事実だが、歪んだ世界の20年も無駄ではないようだ。

 …と言っても断じてダイアナのおかげではない。彼女は教本を読むくらいでろくに教えてくれなかったから、高位貴族の年配女性の所作を盗み見て覚えたのだ。

「洗練されいるというか…お母様のようね」

「えっ、そう!?とても嬉しいわ!」

 母は自分と似た容姿で、瞳の色だけが違う。その母はずっと目標だった。今の世界では頻繁に手紙のやり取りをしている。

「今のは減点ね。ありがたく存じます、と微笑みながら言うのよ」

「もう!…今日は”勘弁して”って、コニー様に言ったじゃない!」

「うふふっ。…ただの意地悪よ」

 イザベルは口元を隠して微笑みつつ紅茶をいただく。

(…こういう所はいつものアメリアだけど、ふとした仕草が違うわね)

 1ヶ月…いや、ここの所忙しくて数ヶ月は会えて居なかったが、随分と変わったものだ。

「あら?貴女もフローライトのペンダントを頂いたのね。陛下からかしら?」

 石の大きさからして、大変貴重な物を贈る相手の立場と、探させる権力と財力が必要になる。

「陛下からは何も頂いてないわよ。…あ、鍛錬場の使用許可は頂いだけど」

「…あなたねぇ。こんな所まで来て、まだやるの?」

「ええ!鍛えておいて損はないと思うの」

 歪んだ世界の事を思い出すと、体を動かさずにはいられないのだ。

(また…表情が変わった)

 イザベルはアメリアが一瞬浮かべた憂い顔も観察していた。

「鍛錬用の服も、木剣も頂いたのよ。最近少し運動し始めていて…ここの食事は贅沢でしょう?だから、食べすぎてドレスがきつくならないようにしないとって思うのよ」

「…筋肉できつくなったら、愛想をつかされるわよ?」

「大丈夫よ。陛下とは子供を設けないし、お互い、なんとも思っていないし」

 アメリアがハッキリと、しかも普通の会話のように微笑みながら言うとイザベルの美しい眉の間にシワが寄り、鋭い目つきになった。

 そんな顔も美しいと思ってしまうアメリアだ。

「はぁ〜…想像通りだったわ…まだ”居る”のかしら?」

「ええ、離れに。陛下は…私から見ると、弟か子供みたいで」

「…私は無邪気な子供だと感じていたわ」

「そうね、悪気はないものね」

「今回のことは確信犯でしょう!」

 少々怒りながらイザベルが言う。自分のことで怒ってくれるだけで、嬉しい。

「ありがとう。…それでね、一ヶ月の間に色々とあって…」

 手紙には流石に書けなかったので、様々な出来事を話すとイザベルは難しい顔をして聞いていた。

「…今は、宰相様は少し鳴りを潜めているわ」

 そう締めくくると、イザベルは鼻で笑う。

「どうせ次の手を、あの全てを知っているとかいう硬い頭で考えているのよ」

 会えばいつも、”小娘が”というような顔でこちらを見てきていた。

 お返しに、”狐爺が”という目で見てあげていたのだが。

「それで、貴女はあの人が良くない者と手を組んでいると思っているのね?」

「…ええ」

 イザベルはふいっと周囲を見渡す。

「そうね…ここへ来る途中も思ったのだけど、暗さがないわ」

「暗さ?…前は照明が暗かったの?」

 彼女は思い出すように白く細い指を口元に当てながら考える。

「…ええ。それもあったかもしれない。あちらこちらに、光が当たらない場所が…影があって薄暗い感じがしたのよ」

(イザベルって鋭いわ)

 そう思いつつ、訊いてみる。

「ダイアナという名のメイドを知って…ああ、知っているのね」

 イザベルが顔を盛大にしかめたからだ。

「知ってるわ。何度も配置変えをしようとしたのに、あの宰相と言いなりの人事大臣のせいで叶わなかったわね」

 その事もあって、ウィリアムの不義の証拠を掴んだ後はすぐに婚約を破棄したのだ。

「まるで自分が王妃か、それ以上の存在のように振る舞うのよ?…貴女はただのメイドで私がご主人様よ、と目の前で伝えたら噛みつきそうな目を向けてきたもの」

 それだけで王妃付き筆頭メイドはクビだというのに「まだ王妃ではない君にそのような権限はない」とメイソンに言われてしまった。

 人事大臣へ伝えたのに宰相が出てきたことで、”王宮はもう駄目だ”と悟ったのだ。

「外から切り崩そうと思っていたのに、貴女が攫われたと聞いて…ウィリアムとメイソンの肖像画にたくさんダーツを刺したわ」

「い、イザベル」

 腕でダーツを投げる仕草をしている。刺そうと思った、ではなく実際に刺したらしい。

「それくらいの事をしでかしたと、陛下には思ってもらいたいわね!」

 いいように使われて気付きもしない、と怒り心頭だ。

「…でももう、色々と気が付いて下さったから」

「ここまで貴女が手を引いてあげて気が付かなかったら、クーデターを起こすところよ」

「イザベルっ!」

「陛下と…宰相の癒着を擬態した”操り”は国内の貴族全てが危惧しているわ。さっさと事を起こさないと大変なことになるって」

「そ、そんなに?」

「そんなに、よ」

(イザベルは早くからその事を考えていて…)

 そして、彼女の反旗に気が付いた宰相により、殺されてしまったのだ。

「また、悲しい顔をする」

「えっ」

 アメリアは慌てて両手で頬を抑える。

「大丈夫よ。屋敷の方も何人かクビにしたもの」

「…早いわね」

 流石は公爵家だ、情報網が広く太い。

「だから、タウンハウスも領地も大丈夫よ」

「…でも、油断はしないでね。特に毒は」

「そうねぇ。王宮で、こんな短期間に毒が使われるとはね…」

 イザベルも悩ましい顔だ。

「毒を取り除く、まではいかなくても…毒に反応する魔道具?があればいいのに、と思うわ」

 見た目では全くわからないのだ。

 毒の瓶を持たされていた下男に実物を見せてもらった下女も、普通の香水瓶で色はきれいな桃色でした、と言っていた。

 食事に混ぜるなら無味無臭のものだろう。

「そうねぇ…探してみるわ」

「ええ、お願い」

 エリオット公爵家は古くに金融業を立ち上げて成功し、子爵から公爵までのし上がった一族だ。

 その手は国内外に広く届く。

「そうそう。フローライトは…小さいものが5つだけ、手に入ったわ」

「さすがイザベル!」

「もっとおだてていいのよ?…それで、これは何にするの?」

 用途ではなく加工方法をイザベルはたずねている。

(ええと…陛下とアルフレッド様は持ってたから、コニー様と…)

 スーザンとブリジットも持っていたほうがいいだろう。あとは、マーカス騎士団長と、副団長である父ジャックか。

「魔除けのお守りにしたいの。3つはペンダント、マーカス様とお父様は…腕輪がいいのかしら」

 だがそうすると数が足りない。どうしようと焦っていると、イザベルが教えてくれる。

「周囲の方にお渡しするのね。それならコニー様は持っているわ。マーカス様たちも、持っているのではないかしら?」

「あ、それもそうね…」

 歪んだ世界では、最後までマーカスたち騎士団は味方だった。

 もしかしたら影響を受けない”何か”を持っているのかもしれない。

「あとで訊いてみるわ。ではスーザンとブリジットにペンダント…後は、主要な役職の方に付けさせたほうがいいのかしら…あ!!」

 アメリアは思わず声を上げてから口を手で塞いだ。案の定、親友は渋い顔だ。

「…アメリア、淑女は大きな声を出さないものよ」

「ご、ごめんなさい…。あと2つは、取っておいてくれない?」

 思い出したのだ。ゆくゆく生まれる小さな存在たちを。

 エリザとルイスには絶対に持たせたい。イザベルのペンダントは彼女自身に必要だ。

「分かったわ。何か考えがあるのね?…必要になったらすぐに言って」

 今はまだ居なくても…もしかしたら子供の名はエリザとルイスではないかもしれないが、二人には絶対に子供ができると思ったのでアメリアは頷いた。

「ええ!」

(顔は美しい部類なのに、笑顔になると本当に可愛いわね…陛下にはもったいないわ)

 満足そうなアメリアの顔を微笑みながら鑑賞をしたあと、自らの事を話す事にした。

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