第46話 アレがイリスなのか?
「私が、今回の『決闘裁判』の見届け人を務めることになった」
決闘会場の真ん中で、向かい合った二人の幻魔に近寄ってきたのは、美しい黒髪の『冷淡公』ナティエだった。
「『慈愛公』イリス・ラ・スルス。『暴食公』レオノ・コルハーロ。双方ともに準備はよろしいか?」
「いいよ。ナティエちゃん」
「ああ。出来てるぜぇ。『冷淡公』」
ナティエの一言に、イリスとレオノがそれぞれにうなずく。
「……うむ。それでは存分に
ナティエはそれだけ言って、遊色の唇に華やかな笑みを浮かべた。その姿が一瞬にしてかき消えて、次の瞬間には王のための特等席に現れた。ナティエは王のための席を避けて、その左隣の席に移動する。
「今より魔の王陛下の代理として、『冷淡公』ナティエ・フィレスの名において、こたびの『決闘裁判』の開催を宣言する。原告、被告ともに死力を尽くせ!」
ナティエの号令で、観客たちが一斉に沸く。そして、『決闘裁判』が始まった。
「行くぜぇ!」
先手はレオノが取った。右の拳を振りかぶり、上から叩きつけるようにイリスに向かって振り下ろす。イリスはそれを左手で受けた。イリスの腕が、次第に変化する。どちらかといえば華奢な印象さえある腕が、白い鱗に覆われ、筋骨隆々とたくましく盛り上がる。イリスの『能力』は『
いつもは優しい笑みを浮かべる顔は、
「アレが、イリス、なのか?」
ムッキムキな姿に変身したイリスを、泰樹は呆然として見つめた。
こりゃ、もう、マンガかアニメか特撮か。とにかくフィクションの世界のそのものだ。泰樹は一度ドラゴンになったイリスを見てはいたが、他の姿に変身した所を見たことは無い。イリスが、こんなかっちょいい姿にもなれるとは。
「ああ、そうだ。人型でも竜でもない、竜人姿のイリスだ」
アルダーは、竜人姿のイリスを見たことがあるのか。落ち着いて、決闘の成り行きを見守っている。
初撃を受け止められたレオノは、身の危険を感じたように腕を引いた。単純な筋力勝負になるかと思っていた。それは間違いだった。
「……君は、タイキを誘拐したし、アルダーくんを殺しかけた。だから、もうゆるさない。手加減はしない!」
山が動く。竜人姿のイリスが、おもむろにレオノに近づいていく。獣人としてのカンが、この生き物には敵わないと告げている。それでも、この闘いを投げ出すわけには行かない。その気持ちだけが、レオノの歩みを支えていた。
「脇が甘いのが悪いんだぜぇ!! イリス!!」
恐怖を振り払うようにレオノは叫びながら鋭い爪で、イリスに迫る。うっとうしいハエでも追い払うように、イリスは腕を振り回す。レオノの爪はイリスの鱗に阻まれて、傷を残すことが出来ない。
「君こそ、守れない約束なんてしないでよね!」
レオノの腕を捕まえて、イリスは軽々と投げ飛ばす。レオノは猫類のしなやかさで着地。そのまま攻勢に転じる。
少しでも爪が通る場所を探して、攻撃を繰り返す。イリスは
がっぷり四つ。両手で互いの両手を捕まえて、純粋な筋力を比べ合う。
当然のように。レオノは押されている。土を盛った会場の床に踏ん張る獣の足が、ずるずると後退していく。
「そんなに大事なら、箱にでもしまっておけよぉ!」
言いながら、レオノは『
「タイキもアルダーくんも、モノじゃない!!」
イリスは、怒りに任せてレオノをブン投げた。今度は上手く着地できず、観客席と会場の境の壁にレオノは背中から直撃した。
「ぐ、あ……ク、ソ……ぉっ!!」
「……降参する?」
口の中を切ったのか、唇の端から流れる血をぬぐってレオノが立ち上がる。
レオノは、ファイティングポーズをとった。
「オレはまだ死んでねぇよぉ。これは死合いだろぉ?」
「……ラルカくんのためになんて、戦うことなんて無いのに」
「そんなの、もうどうでもいいよぉ。オレはお前に勝ちたぁい!」
レオノの瞳に闘志が宿る。強敵に相対して、心が震える。ただ簡単に、負けるなんてイヤだ。勝ちたい。それがどんなに難しいことであっても、コイツに勝ちたい!
「……そう。それならかかってきなよ!」
イリスが、レオノに向かって地響きをたてて殺到する。右腕を振りかぶり、レオノの顔を殴りつける。素人のような甘いパンチ。それでも威力は、レオノの脳を揺らす。
「ぐっ……!!」
倒れること無く踏みとどまるレオノ。イリスの次のパンチは腹に。それをモロに食らって、レオノの
反撃しないと。反撃しないと、殺られる。
レオノは、無防備なイリスの腹に爪を
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