第39話 アンタも来てくれたのか

 塀をって、何かが上ってくる。黒い影が宙を舞い、すたりっと泰樹たいきとシャルの間に降り立つ。


「ぐるるるっ」


 ああ、ああ。助けに来てくれた。また、助けに来てくれた!


「アルダー!」


 黒い魔獣姿のアルダーが、全身の毛を逆立てて誘拐犯たちを威嚇いかくする。その姿が、身を低くして剣を構えた男の姿に変わっていく。


「コイツ、魔人だ!」

「嘘だろっ! なんでココがバレたんだ?」

「相手は一人だ! やっちまえ!」


 動揺する誘拐犯たち。アルダーはその隙を見逃さない。前に踏み込み、一閃いつせん。それだけで、数人の誘拐犯が倒れる。シャルはどうにか避けたようで、ナイフを構え直している。


「すまん! 待たせたな! タイキ!」

「アルダー! そのナイフのヤツは殺さないでくれ! ソイツにイリスが悪者だって吹き込んだ誰かがいる!!」

「わかった。殺さずに、無力化する」

「やれるもんなら、やって見やがれ!!」


 シャルはナイフをひらかせ、アルダーに襲いかかる。それを軽くいなして、アルダーは剣をくるりと回転させた。丸い飾りのついたを真っ直ぐに、シャルのみぞおちに食い込ませる。


「ぐ、はっ……っ」


 痛みで、シャルはナイフを取り落とす。そのまま足を払って、アルダーはシャルを転倒させた。地面に転がったナイフを蹴り飛ばして、簡単には取りに行けない距離に追いやる。

 ばきっばりんっ!

 泰樹の背後で、何かが壊れる音がする。塀が、音を立てて割れている。その隙間から、そう大きくは無い拳がのぞく。ばりばり。隙間を無理矢理に押し広げて、イリスがひょっこりと顔をのぞかせた。


「ごめんね! 遅くなっちゃった! 今度は僕もいるよ!」

「イリス!」


 泰樹は喜びを爆発させて、振り返る。イリスは、いつもの調子でにこにこと笑っている。塀に開けた穴から、ひょいとこちら側に抜けてきた。


「イリス……『慈愛公』?!」

「幻魔だ……!! 化け物だ……!!」

「た、助けてくれ……!!」


 誘拐犯たちは、完全に浮き足立っている。アルダーが押さえているシャル以外の生きている誘拐犯は、慌てて逃げ出した。その前に、人影が立ちはだかる。


「まあまあ。そんなに慌てなくても。ここでゆっくりなさって下さい? 『つるの使い手、緑の王。踊り手の足を止めよ』」


 白い髪に褐色のはだ。いつの間に誘拐犯たちの前に回ったのか、シーモスが微笑んでいる。

 地面から生えた蔓のようなモノが、逃げ出した誘拐犯に絡みつき、完全に絡め取っていく。


「シーモス! アンタも来てくれたのか……!」


 ああ、こんなに、コイツの顔を見て安心するなんて。泰樹はがっくりと膝をつく。安堵あんどで身体から力が抜ける。


「タイキ様の危機なのですから。当然でございます。……体調に異常はございませんか?」

「君たち、僕のお家に『タイキを預かったー』ってお手紙くれたでしょ? そのお手紙の臭いをたどって、アルダーくんがここまで連れてきてくれたんだよ?」


 なるほど、脅迫状を出した時点で、コイツらの負けだったと言う訳か。


「タイキ! 大丈夫?!」


 その場にうずくまった泰樹に、イリスは慌ててけ寄る。腕を縛っていたロープを簡単にちぎって投げ捨て、赤くあとになった腕をさすってくれる。


「タイキ、ごめんね! 遅くなってホントにごめんね!!」


 イリスの顔が、泣き出しそうにくしゃりとしている。そんなイリスの様子を、アルダーに組み伏せられたシャルが、あっけにとられて見つめていた。




「……他の誘拐犯は全て警邏けいらの兵に引き渡しました。それで? 彼の処分はどうするというのです」


 シーモスの言葉通り、誘拐犯は一網打尽いちもうだじんにされた。イリスたちが貸し切りにした浴場では秘密裏に、富豪などの誘拐事件が起きていたらしい。

 浴場で眠り薬を飲まされた者は、マッサージ室にある秘密通路を通って誘拐される。

 大抵は身代金と引き換えに解放されるが、抵抗した者の中には帰らぬ人となった者もいたらしい。今回の誘拐犯は、それを引き起こしていた一味だった。

 イリスたちは捕まえた誘拐犯たちを、警邏の兵に引き渡した。

 一人、シャルだけはイリスたちの屋敷に連れてこられる。


「……っ」


 縄を打たれたシャルは、床にあぐらをかいて仏頂面で一同をにらみつけている。


「うん。コイツはさ、イリスがコイツの母親を食ったって、誰かに聞かされたんだってさ。……なあ、そんな事、ねえよな?」


 ようやく服を着ることが出来た泰樹は、不安げにイリスにたずねた。


「うん。僕は『血』以外は食べないよ。……ねえ、君。君のお母さんは、なんて名前?」


 イリスがシャルの目線まで身をかがめて、優しくたずねる。


「……母さんの名前……名前は、リラ。リラ・ボヌー! オレは息子のシャル・ボヌーだ!」


 忘れたとは言わせない。そんな気迫を込めて、シャルは叫ぶ。


「……ごめんね。リラ……知らない名前だ。僕はお家で働いてくれていたコたちの名前も、奴隷のコたちの名前も、みんな覚えているけど、君のお母さんのことは、わからない」

「……っ!」


 申し訳なさそうに眼を伏せたイリスに、シャルはわめき立てる。


「嘘だ!! お前は嘘をついてるんだ!!」

「嘘じゃ、ないよ。僕は君のことも、君のお母さんのコトもわからない。……あのね、もし、僕が嘘をついていたら、どんなひどい目にあっても良いよ」

「イリス様、そんな重要な事柄を軽々しく口になさらないで下さい!」


 シーモスがたしなめるが、イリスはううん。と首を振った。

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