第37話 俺は犬じゃねーよ
「かしこまりました。お客様」
ひざまずいていた男が顔を上げる。その首には金属製の奴隷の証が光っている。
「ここに寝ればいいのか?」
「はい。その前に
「ん。わかった」
奴隷の男が指示するとおりに、
「まずはあお向けに横になって下さい。
「あーそれって、何?」
奴隷は先が曲がったヘラを取り上げて、「これでお客様のお体の垢を落とします。それで少し身体がほぐれます。それから、マッサージを行います」と説明する。
「ふーん。わかった。じゃあ、頼むわ」
泰樹が台の上に横になると、奴隷は腰に布をかけてくれた。それから、曲がったヘラをたくみに使い、泰樹の垢をかき落としていく。
ヘラでこそげられると、少しだけ
「はーっ。結構気持ちいいもんだな、それにアンタ、上手だ」
「有り難うございます」
奴隷は無表情に言葉を返す。たんたんと垢を落として、今度はうつ伏せに寝るようにと指示された。
後半分の垢もすっかり落としてもらって、身体がスッキリする。
「お客様。マッサージにはいる前に、これをどうぞ」
奴隷がコップを渡してくれる。それには温かく甘い
「ん。うまい。これは?」
「身体を柔らかくする作用のある薬茶です。これでマッサージの効果が上がります」
「ふーん。じゃ、マッサージもよろしく!」
泰樹は台の上にうつ伏せになった。まずは背中から。奴隷の親指が、泰樹のコリを解していく。
「あー。いい……気持ちいい……」
「有り難うございます」
本当にこの奴隷は腕が良い。その指先に身を任せるうちに、泰樹はうとうとと眠り始める。
「……お客様」
奴隷が声をかける。泰樹は応えない。すっかり眠りの中にいる。奴隷は客が完全に眠り込んでいるのを確認して、彼の身体を台から持ち上げた。
「ちっ……重てーな。イイモン食ってんだろーな……魔の者に尻尾振りやがって……クソがっ」
眠りこけた泰樹に悪態をつきつつ、奴隷は個室の壁に作られた隠し扉に消えた。
「ん、あ……?」
泰樹は薄暗い中で目を覚ました。身体が痛い。何だか縛られているような気がする。
辺りの明るさに目が慣れてくると、やはり後ろ手に縛られていることが解った。
「んー? なんだ、ここ……?」
――倉庫か何か、か?
木箱のようなモノがいくつか見える。その一つに、ロウソク立てが一つ置かれている。石の床が冷たい。それで、泰樹は自分が素っ裸であることに気が付く。
「げ!? なんで、裸……っ!?」
「……ウッセーな。静かにしねーとくつわも
浴場で出会った奴隷の男が、椅子に腰掛けている。彼は、苛立ちを隠さずに吐き捨てる。浴場にいた時とはずいぶんと態度が違う。
短く切り揃えた黒い髪、紅色の瞳。膚は白く、背丈は泰樹より少し小さく、体格も泰樹より細い。多分、歳は二十代半ば。まだ少年が抜けきっていないような年頃だ。
「あー。うん。なあ。頼むから何か着るモンくれよ。寒い。風邪引く」
「ふん。それだけ口が回るなら問題ねーだろ。そのままでいろ」
奴隷?は黒っぽい、身体にぴったりした服を着ていて、長いブーツを履いている。
首元まで
「……人間だってのに、魔の者に
ぺっと奴隷?はツバを吐いた。その瞳に暗い
「……なあ、アンタ、もしかして魔の者に何か恨みとかあるのか?」
「ウッセー。魔の者の犬は黙ってろ!」
奴隷?は泰樹の腹に蹴りを入れてくる。泰樹は背中を丸めて、衝撃に耐えた。
「うっぐっ……っは、あ……俺は犬じゃねーよ。泰樹、だ。
痛みで涙ぐみながら、泰樹は奴隷?を見上げた。
「アンタの、名前は……?」
「バァカ! 誰がお前なんかに名乗るかよ!」
もう一度足が飛んでくる。避けることも出来ずに、泰樹はうずくまった。
「あ……っぐ、ぅ……っは、はっ……」
「ははっ! 薄汚え犬がよ! いい気味だぜ! お前は人質だ! あの残忍な『慈愛公』から金を引き出すためのな!」
「残、忍……?」
それは、イリスからは最も縁遠い言葉だ。痛みに身を縮めながら、泰樹はいぶかしげに男を見上げた。
「……はっ! そうだろう? アイツは残忍な幻魔なんだよっ……オレの母親を殺して食らったんだからな!」
訳がわからない。イリスは少量の血液で腹いっぱいになるほど少食だ。そのイリスが、なぜコイツの母親を食らうのか。
「……人違いじゃ、ねーのか? イリスは……血液以外は食わねーんだ……っ」
「……人違い? んなわけねー!! 教えてもらったんだ! まちがいねーよ!!」
男は怒り狂って、泰樹を蹴りつける。
「ぐ、っ……やめ……んぐっ……チクショウ! なら、ソイツが嘘ついてんだ! イリスが……アイツがそんなことする訳がねー!!」
泰樹は身を守ろうとするが、男の足は容赦が無い。口の中を切ったらしい。血の味がする。
「おい! うるせえぞ! シャル、人質を静かにさせろ!」
「てめーこそ黙れ! オレの名前を言うんじゃねーよ!!」
もうひとり、男が部屋に入ってきた。シャルと呼ばれた男は、ロープを手にした。泰樹の口を開かせて、それを噛ませる。
泰樹はぐったりと倒れたまま、猿ぐつわを噛まされた。
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