第28話 それってアンタの意志だったのか?
「……最後に、一つだけ」
真剣な顔をして、アルダーが言う。それがあんまり真面目な顔だったから、
「屋敷に帰り着いて、シーモスに会ったら伝えてくれ。『契約は継続だ』と」
暗い眼をして、アルダーは言う。アルダーにとって魔獣でいると言うことはどういうことなのだろう。泰樹には、彼が心からそれを楽しんでいるとは思えなかった。
「契約は、継続……なあ、それって、アンタは次の
「ああ。そうだ」
きっぱりと、アルダーはうなずく。その紫の眼に、喜びの色は無い。
「なんで……アンタは何で、魔獣でいることを選ぶんだ? その『呪い』、解くことは出来ないのか?」
罪悪感から逃れるために呪いを『反転』したとは言われたが、今もそうなのだろうか。
だから、思わずたずねてしまった。
「無理だ。『呪い』を反転する事は出来ても、解くことは出来ない。それに、魔獣でいることは、俺が……俺に出来る唯一の
「……贖罪ってのは、カミさんと子供を……その……」
食い殺した。アルダーはそう言った。それは彼の本意ではないのだ。だから、家族の事を口にする度に、アルダーは悲痛な表情をする。
「……そうだ。彼女らを
アルダーは努めて平静な顔をしようとしているけれど、その眼は確かに悲鳴を上げているように揺れていて。
「なあ。それって、アンタの意志だったのか? カミさんと子供にひどいこと、したのはさ」
「なにが言いたいんだ? タイキ」
アルダーの気持ちの柔らかく弱い部分に、泰樹は踏み込もうとしている。アルダーはそれを拒絶するように、眉間に
「そうじゃないだろ? アンタはそんなことしたくなかった。なら、それは事故じゃねえか」
「……だとしても、事実は消せない」
アルダーの紫の眼は黒くかげって、
「そう、かも知れねえ。……でもさ、そのためにアンタがいろんな事忘れて、魔獣になってるってのはきっと、何か違う」
「お前に……何が解る?」
アルダーは怒りを
「うん。俺はアンタと同じ立場になったこと無いから、アンタのホントの気持ちとか、そんなのは解らねえ。でもさ、アンタが思い出さなかったら、誰がアンタの家族の事を思い出すんだ?」
「……!?」
アルダーが、泰樹の言葉にショックを受けたように大きく眼を見開いた。
「思い出すのは苦しいかも知れねえ。でも家族の思い出は苦しいモノだけじゃないだろ? 大事な思い出も、みんな忘れて生きるって事を家族は望んでるとアンタは思うか?」
「……っ大事な、思い出……」
絶対にあるはずなのだ。幸福に暮らした日々。喜びと優しさに包まれていた思い出。
だから、苦しむ。失って、ようやくそれがかけがえのないモノだと気付く。
「……あーあ! 早く家に帰りてーな! 家族に会いたい!」
ベッドに寝転がった泰樹を見下ろして、アルダーは小さくつぶやいた。
「俺は、お前がうらやましい。お前には帰るべき場所がある」
「アンタにだってあるだろ? 帰らなきゃいけない場所。……きっとイリスは心配してるぜ。シーモスもだけどさ」
「そうだな」
アルダーは苦みを含んで、それでも確かに微笑んだ。
「さあ、もう眠れ、タイキ。朝になったら忙しく……」
そう、アルダーが言いかけた時だった。
どんどんと、部屋の扉がノックされる。
「『慈愛公』のご家人様! 大変でございます!」
押し殺した女の声だ。アルダーが部屋の扉を開けると、そこには村長の妻が寝間着姿で立っていた。
「何事だ?」
「『暴食公』のご配下が、タイキ様と黒い魔獣を探しておられます!」
一瞬で、アルダーは気持ちを切り替えたようだ。その表情が引き締まる。
「……ご婦人、この家に武器はあるか?」
「護身用のショートソードくらいなら……」
「それでいい。お貸し願えないか?」
「は、はい……!」
村長の妻は、慌ててショートソードを取りに行く。
「タイキ、剣は使えるか?」
「え、あ、使えない!」
「解った。ではお前はここに隠れていろ」
アルダーは袖をまくって、良く
「あのさ、アンタは剣、得意なのか?」
「ああ、俺はかつて騎士だった。ショートソードは基本中の基本だ」
そう言って静かな眼をしているアルダーに、得意げな所は無い。ただ淡々と事実を話していると言った感じだ。それがかえって頼もしい。
「……お待たせいたしました!」
村長の妻が持ってきたショートソードを受け取って確認すると、アルダーは部屋を出る前に振り返った。
「ご婦人、もしも俺が負けたら、タイキを村の外に逃がしてやってくれ。頼む」
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