第22話 ようするに『楽しめ』ってことだな?

 イリスに頼まれて、泰樹たいきは自分が好きな料理の全てを教えた。

 ハンバーグ、ハンバーガー、ナポリタン、オムライス、カレーにシチュー、きつねうどんに白米にトンカツ、ラーメン。その時食べたくなったモノを片っ端から上げていく。

 その過程で、醤油やミソ、ウスターソースなどの調味料レシピを作り出すことに成功する。

 大豆や白米は、シーモスがこの世界にもある植物を魔法で改造して作った。

 イリスの料理長は、次々と知らされる新しいレシピを良く再現してくれる。

 おかげで、泰樹は食べたいモノをいつでも食べられるようになった。


晩餐会ばんさんかいに、カレーライスは外せないでしょ。あとハンバーグ。ラーメンも美味しいし、ナポリタンは……絶対入れたい!」

「カレーならよーハンバーグのせたカレーとか、そう言うのもあるぜ! あーカツのせてカツカレーも美味いんだよなー!」

「なにそれ! 美味しそう!」


 イリスの晩餐会まで、もう一週間あまり。今日は、晩餐会のメニューを最終決定する。

 あれやこれやと食べたいモノを上げていく、イリスと泰樹。シーモスは微笑みを浮かべて、お茶のおかわりを差し出した。


「そんなに沢山お客様にお出しして、食べきれますでしょうか?」

「あ、それならよーバイキングにしちまえば?」

「バイキング?」


 聞き覚えの無い単語に、イリスが首をかしげる。毎度のことだが、地球の物事を話すと、素直に反応してくれるイリスがありがたい。泰樹はバイキング形式の食事について知っていることを説明した。


「なるほど! 立食式の晩餐会だね! それならみんな好きなお料理が食べられるし、給仕さんの数も少なくてすみそう。それに、楽しそうだしね!」

「では、晩餐会の形式は『バイキング』、といたしましょう。メニューは様々ものを用意する、と。後ほど、料理長とどの程度の種類を用意出来るか相談いたします」

「ああー! 何が食べられるのかなー? 晩餐会がこんなに楽しみだなんて、はじめて!」


 イリスは、あまり社交に熱心なタイプでは無いらしい。それゆえに、必要に迫られなければ晩餐会も開かない。とシーモスがなげいていた。

 泰樹はもちろん晩餐会という催しに参加するのは初めてだ。それに、パーティーらしいモノは詠美えみとの結婚式以来で。緊張もしているが、少し楽しみであるのも事実だ。


「晩餐会の時、俺は何すれば良いんだ?」

「えっと、ね。タイキにはお客さんにご挨拶して欲しいかな。それから、なるべく僕の側に居てね」

「それだけ?」


 何かの役に立てるかと思ったが、拍子抜けだ。まあ、魔の者たち相手に何が出来るわけで無し、大人しくしているのが無難だろう。


「うん。後はご飯食べたり、とかかなあ?」

「わかった。ようするに、『楽しめ』ってことだな?」

「そうだね!」


 イリスは両手を差し出した。彼は泰樹が教えたハイタッチを、いたく気に入ったらしい。嬉しそうに、両手を差し出してはタッチを返されて喜んでいる。


「……お二人とも、晩餐会を楽しむのは結構でございますが、くれぐれもご油断なさいませんよう。当日は大勢のお客様が見えられます。中には私どもに害意を抱いている方もおられるかも。気を引き締めて下さいませ」


 シーモスの真顔の忠告に、イリスと泰樹は、はしゃぐのをやめてうなずいた。


「うん。わかってる」

「……わかった」


 浮かれていた二人の様子に、シーモスは案じ顔で息をつく。


「わかっていらっしゃるのなら、よろしいのです。……タイキ様、この前差し上げた小びんは今もお持ちでございますか?」

「あ、今は部屋に置いてある」

「当日はぜひお持ち下さい。何か、身の危険を感じられたら、遠慮無くお使い下さいね?」


 シーモスに持たされた、黒い小びん。今は使う当ても無いまま、枕元のテーブルに置いてある。使ったら何が起こるのか解らないが、そんなに持っておけというなら当日は持ち歩こう。


「さあ、晩餐会当日まで時間がございません。準備を進めて参りますよ!」


 シーモスの合図で、慌ただしく使用人たちが動く。

 屋敷中がくまなく掃除され、当然のように存在する豪華な広間には飾り付けが施される。

 晩餐会料理の試作品が毎日食卓に並び、いよいよその日が数日後に近づいた。



「タイキ様」


 夕飯が終わって客間に帰ろうとする泰樹を、シーモスが呼び止めた。


「ん? 何か用か?」


 泰樹はのんびりと、言葉を返す。


「お部屋にお邪魔しても、よろしいですか?」

「いいけど、よ。何の用なんだよ。言っとくけど、『献血』はしねーからな」


 とりあえず、シーモスに釘を刺しておく。当のシーモスは柔らかく秘密めいた笑みを浮かべ、泰樹の耳元にささやきかけた。


「『献血』は気が向いたら、で結構です。この間、スマホ、を複製いたしましたでしょう? それの使い方で少々おたずねしたいことがございまして」


 ぞくっ。耳にかかる吐息が、くすぐったい。泰樹はびくりと肩をふるわせた。


「……み、耳元で何か言うの、やめろ……!」

「ああ、申し訳ございません。つい、癖で」


 シーモスが唇で浮かべる笑みが、ひどく艶めいて見える。

 泰樹は戸惑いながら、「スマホの話は明日、明日な!」そう言い捨てて、部屋に戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る