第17話 帰りたいです。帰れるものなら
「それが、よくわかんねーんです。ここに来たときにいろんな事を忘れちまった見てーで。俺も、困ってます」
ガリガリと髪をかき回そうとして、
「今の所、俺が思い出したのは、自分の名前と家族がいること、それから……好きだった食い物とかそんなことくらいです」
泰樹は詐欺師ではない。嘘が得意というわけでは無い。どちらかと言えばもろもろが顔に出てしまうタイプだ。だが、ここは負けるわけには行かない。イリスたちと引き離され、他の幻魔の持ち物になったりした日には……どんな目にあうのかわからない!
「……家族がいるならば、そなたはさぞかし国に帰りたいであろう?」
優しげに声を作って、ナティエが言う。
「ああ……じゃ無くて、はい。帰りたいです。帰れるものなら」
それが、心からの本音だ。嘘でも『設定』でも無い、泰樹の本心。だから、真っ直ぐにナティエの眼を見た。俺は帰りたい。帰りたいんだよ。『冷淡公』なんて、寂しい名前のお姉さん。
「……ふむ。その点に関しては、嘘は言っていないようだ。わかった。『ソトビト』のタイキ。そなたの弁を信じよう」
ナティエは泰樹に興味を失ったように、視線を外した。それで、泰樹はようやく自分が息を殺していたことに気がついた。
「……質問はもう終わりか? 『冷淡公』。そなたに発言を許した覚えは無いが?」
議長のラルカとか言う男が、イライラを隠せぬ様子でナティエを見ている。あーこいつ、ナティエが嫌いなんだ。それにイリスのことも嫌っている。それが表情に出ている。
「ああ、『苛烈公』。私からは、もうたずねることは無い」
ナティエは指先だけ軽く上げて、質問が無いことをしめす。
ラルカはその仕草を見て、余計にイライラをつのらせたようだ。椅子の肘置きを、人差し指でコツコツ叩いている。
「今後発言する者は、挙手して議長の裁決を仰ぐように!」
ラルカが叫ぶと、早速ラルカの側に居た幻魔が手を上げる。
「『暴食公』レオノ。なにか? 発言を許可する」
『暴食公』と呼ばれた男は、大きかった。椅子から立ち上がった背丈は、イリスよりさらにでかい。イリスと違って横幅もかなりごつい。
ライオンのたてがみのような髪、長く伸びた鼻面、キバの並んだ口元と尖った耳。顔も腕も全身は毛で覆われ、獣の特徴が色濃く出ている。
――これが、ガチな『獣人』ってヤツか。
このファンタジーな世界には、人間と人間に近い種族、亜人種と言うのがいるとか。イリスの屋敷の使用人には、混血の獣人と
――こう言うの見ると、やっぱりファンタジーなんだよなー
泰樹が感心していると、レオノは堂々とした態度で立ち上がり、こちらを見てニヤリとキバをむきだした。そのキバに遊色のものが何本も混じっている。
「なあ、そいつ、何も覚えて無くて役に立たねえなら、議会でわけて食っちまおうぜぇ。なんだか変わった匂いがして美味そうだしよぉ」
そう言ってレオノは舌なめずりする。口もでかいが、舌まででかい。あんなのに食いつかれたら、ひとたまりも無さそうだ。
「レオノくん、駄目だよ。『ソトビト』は1年間は食用にしない決まりだ。それに、タイキはちょっとずつ色々を思い出してるから。役に立たないとか、そんなことないから」
たしなめるように、イリスが言う。イリスは思いの外落ち着いている。食用にしようという問答も、シーモスの想定問答集にあった物だ。よし、良い感じにすすんでる!
「『慈愛公』。発言を許可した覚えは無いが?」
イラついたラルカが、イリスをにらみつける。イリスはそれに怯えた様子も無く、淡々と告げた。
「あ、ごめんね、ラルカくん。じゃあ、改めて言わせて。食べちゃったらそれでおしまいだし、タイキはいなくなっちゃう。それじゃ『議会』のためにも、この『島』のためにもならないでしょ?」
イリスは立ち上がって、一同を見回す。
「タイキが思い出したソースは美味しいよ。今度、僕のお家で晩餐会を開くから。食べたい人は遊びにおいで」
イリスの気軽な言葉に、幻魔たちの集団がざわめく。彼らは隣の席の幻魔や、自分の魔人たちと顔を見合わせてささやきあう。
「あー。前の『ソトビト』のスパイスも中々だったからなあ。新しいソースとやらも……」
「『慈愛公』は恵まれていらっしゃいますなあ。二度も続けて『ソトビト』を得られるとは。
流れは完全にこちらを向いた。幻魔議員の大半は、イリスの申し出に興味を示している。
『幻魔はね、新しくて、珍しいモノが大好きなんだ』
練習の最中に、イリスは言った。魔の者は長い時を生きる。それゆえに退屈を持て余し、権力闘争に明け暮れ、新しい刺激に飢えていると。
「静粛に! 静粛に!」
叫びまくっているラルカを無視して、幻魔議員たちはすでに新しい話題に夢中だ。
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