第7話 俺も迷子はごめんだしな

「左様でございますね。この屋敷から外に出れば、貴方はわたくしの所有物だと認識されます。他人の財産を無体に扱う事は禁止されておりますから、その点でもタイキ様の身の安全を保障してくれる物かと」


手首にはまった奴隷の証を眺めながら、泰樹たいきは不満を表情に滲ませる。


「げー。じゃあ、アンタのこと、『ご主人様』とか呼ばなきゃいけないのか? シーモスさん」

「……タイキ様がお望みなら、どうぞ、そうお呼び下さっても。ですが、ああ、私のことはどうかシーモスと。その方がタイキ様も気がお楽でございましょう?」


 どこか嬉しそうな微笑みを浮かべて、シーモスは眼鏡の位置を直す。泰樹はやれやれとため息を吐いて、ガリガリと髪をかき回した。


「まあな。……じゃあシーモス、奴隷の証のことはもう良い。古文書ってヤツはあったのか?」

「ええ。ございました。ですが……」

「……ですが?」


 言葉を濁されて、泰樹の瞳がわずかに曇る。


「かつてこの世界を訪れた、『マレビト』についての記述は多くはございませんでした。ただ、『マレビト』が存在したことだけは確かなようです。まだ、私の蔵書の全てを当たったわけではございませんから、調査を継続いたしますね」

「そっか……ありがとよ」


 情報は、そう簡単には手に入らないか。目に見えて落胆する泰樹に、イリスが笑いかける。


「大丈夫だよ、タイキ。きっと、どうにかなるよ! タイキはお家に帰れるよ!」

「ん。はげましてくれて、サンキューな。……そうだな、きっとなんとかなるよな!」


 にこにこと笑う、イリスの背丈がもう少し低かったら。頭を撫でてやりたいような、そんな温かい気持ちになる。


 ――こいつ、こんなにでかいのに、ちっこいガキみてえなんだよなー


イリスと顔を見合わせて、泰樹もにっと笑って見せた。



「さて、お茶の時間がお済みでしたら、タイキ様にはお召し替えしていただきましょうか」

「? お召し替え? 着替えろって? なんで?」


 これじゃまずいのか?と、汗臭いTシャツを引っ張ると、確かにこれではまずいような気がしてきた。作業着は、このお屋敷にはまーったくそぐわない。


「タイキ様のそのお召し物は、あまりにも異質です。こんな素材は見たことがない。そのままでは、貴方がこの『島』の人間では無いことを宣伝するようなものです」


 そう言うことか。先ほど、泰樹が『マレビト』だとバレると、争奪戦になるとかなんとか言っていたような?

 どうしてそんなことになるのだろう。まあいっか。後で聞けば。


「あー、解った。でも、俺、これしか持ってねーんだ。悪いけど着るモン貸してくれ」

「かしこまりました。では、こちらを」


 差し出されたのは、黒っぽい服だった。イリスやシーモスが着ている物と、少しデザインが似ている。


「これ、着ればいいんだな?」


 早速Tシャツを脱ごうとすると、イリスが「え、ここで着替えるの?!」と驚いた。


「……あ、駄目か?」

「私は構いませんが?」

「駄目だよ! 僕たちはお部屋の外に行くよ!」


 しれっとこの場に残ろうとしたシーモスと、黒い魔獣を連れてイリスは部屋を出て行った。一人残された泰樹は、さっさと着替えを済ませる。


「んー。パンツは別にいいよなー」


 ゆったりとしたすそが膝丈まである上着、だぼっとしたシルエットのズボン。少し、インドや中東の民族衣装のような印象がある。

 着替え終えると、奴隷の証は長い袖に隠れてしまった。


「おーい。着替え終わったぜ」


 部屋の外に声をかける。ドアを開けて、イリス達が戻ってきた。


「もう良いの? うん。よく似合ってるよ!」

「サンキュー。これでここに溶け込めるか?」


 くるりと、泰樹はイリスの前で一回転して見せる。シーモスは苦笑して、「いいえ」と首を振った。


「……残念ですが、服装だけでは。この『島』の事情をお伝えするまでは、お一人で外出することはお控え下さいませ」

「解った。俺も迷子はごめんだしな」


 泰樹がうなずくと、シーモスは微笑んでうなずき返す。


「ご承知いただけて、よろしゅうございました。……さて、タイキ様は『マレビト』でらっしゃいますが、その事はこの場だけの秘密といたしましょう。私たちはタイキ様をただの『ソトビト』として扱わせていただきます」


 ――なんで?


 キョトンとシーモスを見つめる泰樹を横目に、イリスはいつになく真剣な表情で告げる。


「……そうだね。空から落ちてきたタイキを見た人もいるかも知れないから、どうしても噂になっちゃうと思う。それはしょうが無い。『ソトビト』が、この『島』に来るのはたまにあることだし。僕たちには前科があるから、届け出ないとまずいだろうけど、『ソトビト』の保護まで禁止された訳じゃないからね」

「前科?!」


 穏やかではない言葉にぎょっとして、泰樹はとっさにイリスの横顔を見た。


「……僕たちね、もう15年くらい前かなあ。『ソトビト』のコを保護したの。その時に『使徒議会しとぎかい』ともめちゃってねー」

「議席の剥奪はくだつ期間は、ちょうど10年でございましたね。イリス様は、今は『議会』に復帰しておられますが」


『使徒議会』。また訳のわからない単語が出てきた。泰樹は頭を抱える。


「……イリスって、実は偉いヤツなのか? こんな屋敷に住んでるくらいだしなー」

「実は、ではございませんよ。イリス様はこの『島』の最高意志決定機関『使徒議会』に議席をお持ちの幻魔様でらっしゃいます」

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