第26話


(ヤバい。ここにきて好みにどんぴしゃ……っ)




顔剃りを終えたイクオミの顔はつり目ではあるが、イヨが前世で憧れていた先輩に似ていてかなりの好みな顔面であった。兄たちもイケメンではあったが、所詮肉親。ムラクモは歳が上過ぎてかっこよくなってもピンと来なかったが、イクオミはちょうどのイケメンであった。


憧れていた先輩―――大学のミスターコンテスト準優勝で、サッカー部の爽やかイケメン。いつもファンの女の子に囲まれていた。先輩がよく来るって聞いてバイトを居酒屋にしたイヨだったが、実際には会話も交わしたことない。恋愛未満な感情であった。それに憧れとは別に恋人はいたわけで。




(イクオミは様は20歳、わたしはまだ13歳だからさすがに付き合うとかにはならないしね。)




「……なにを考えている。」


「へ、いや、あの、とても美しくなられたな、と。」


「そうか。私がエルフみたいになってもどうしょうもないのだがな。まあ、肌が涼しいのは確かだ。」




スリスリと自身の頬をさすりながら、イクオミがソファから立ち上がる。その動きすらかっこよく見えるから、顔剃りの効果は抜群だ。




「顔だけでこれだけ涼しく気持ち良いのだから、全身の毛を剃ってしまったらさぞかし―――」


「そ! それは! お城の侍女の方々にお教えしますので!! 後ほどそちらのほうから!! 」




腕を捲り肌を見せるイクオミを慌てて止める。全身の剃毛を想像したイヨが真っ赤になったのをみて、巫女は口に手を当てて笑う。




「くくく。そんなに力強く拒否されるとは、イクオミよ、ずいぶん嫌われたの。」


「まあ、この目付きは大抵のおなごに嫌われるから、気にはしておらん。イヨの手は気持ち良かったから、幾分残念ではあるが。」


「嫌いとかではありませんが! それに、わたしでなくともマッサージは気持ち良いですから!! 」


「ほう。イクオミが残念がるとは、珍しいことよ。それほどまでに顔剃りは気持ち良いものなのか。さあ、次はわらわの番じゃな! 早よう、早よう!」




ぐいぐいと弟を押し退けた姉がソファに腰かける。押し退けられた弟は拗ねたような表情をしている。そこだけみると平民の姉弟となんらかわりない、そう感じてイヨは頬が上がるのだった。








「ほう! 確かに気持ち良かったし、これは涼しいのう! 」


ニコニコしている巫女を眺めて、イヨは少し安堵していた。肌を傷付けずに終えたことだけでなく、その顔面偏差値が思ったより普通だったからだ。これなら他のヒューマンの多い国でも、顔をさされることなく過ごせそうなほどだ。イヨも同じタイプなので勝手に親近感が沸いてしまい、必要以上にマッサージをしてしまったくらいだ。


ちなみに最初は鋭い目付きで見ていたイクオミだったが、巫女の「視線がうるさい」の一言で退室させられていた。イヨもあの視線が消えて、仕事がやり易くなったのは確かだ。そんなわけで腕も足もイヨが剃毛し、丹念にマッサージをした。顔にクズポのローションで保湿し、髪の毛もトリートメントを施した。




「巫女様、お鏡で姿を確認してください。」


「おぉ、ありがとう。―――ん? この鏡は…」


「はい。成人の儀で巫女様から承ったものです。」


「……ほう。おぬしが承ったのはこれであったか。」


巫女は鏡をそっとひと撫でしてから、微笑む。それから裏返して自身を鏡に映す。


そこに映ったのはビックリするような美女ではないが、愛らしい少女。実年齢より若く見えるのは小柄なためか。それとも肌をローポーションの化粧水で整えたためか。マッサージの効果で頬はつやつやとして、血色も良かったためか。


「――うむ、わるくない。さすがにエルフのようにキラキラしなかったが、ヒューマンの貴族のようにはなれたな。予想よりもずっと美人になった。毛玉も可愛かったが、しっかり顔を出すことも美しいと思う。ありがとうイヨ、わらわは満足じゃ。」


巫女はイヨの手を握り、その瞳を見つめながら感謝を述べる。暖かい掌と優しい眼差しに、イヨは感激で涙が出そうになっていた。


「……いえ。ご満足頂けたなら良かったです。でも、元は私自身が毛が剃りたかっただけなのです。自分の中の美意識の問題で。」


「自分の中の美意識……か。おぬしはおぬしの『ものさし』があるのだな。それが多くのドワーフの自信を取り戻させたのだろう。自分のことが美しいと思えることは、こんなにもキモチを癒されるモノだとは思わなかったのう。」


「そんなものでしょうか……。単に自分がこうしたいと思っただけなのに……。」


「先代の巫女も言っていたな。成功する人はぶれない自分を持ち、成功しない人は周りに流される、と。おぬしは成功する側の人間じゃな。この先もおぬしの『ものさし』で、このユキホムラを導いて欲しいものよ。」


「そんな……ありがたいお言葉です。」








神殿の侍女たちに剃毛やマッサージの方法、ポーションなど基礎化粧品の使用方法を指導した。


巫女の体型についてはやせ形のためダイエットなどは必要なかったが、健康を考慮してリュウの店で食べている和食のレシピを渡して体操も説明だけ行った。体操の必要があれば、マダムローザンヌたちが教えに行くことになった。現在のマダムローザンヌたちは、おそらくこの世界はじめてのインストラクターとなっている。若いドワーフたちの憧れの女性たちだ。


もちろんクズポなど基礎化粧品や蜂蜜酒ミードトリートメントの納品もした。今後の納品はムラクモが行うので、これでイヨは緊張する接見をすることはないはずであった。






だがなぜか、巫女を剃毛して2ヶ月が経った頃に、再び神殿から呼び出しがあったのだ。

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