第10話 5.paradox-2
「・・・・・・世の中的にはそうなのかもしれませんけど、私は嫌です。好きになるなら絶対誠実な人がいいし。私の運命の番は、絶対に真面目で遊んでないタイプの人だから」
「その根拠はどこにあんのよ」
「これまで好きになった人が全員そういう相手だから、この先どんなアルファと出会ってもそういう人にしか惹かれないと思うんですよね」
「・・・・・・・・・ふーん」
「市成さんて、仕事は出来ても誠実の真逆行く人でしょ?」
来る者拒まず去る者は追わずで、とっかえひっかえその日限りの恋を楽しむ市成の恋愛観は、いずみのそれとどこも合致するところがない。
少なからず重なる部分がなければ惹かれるわけがないのだ。
この歳まで出会えなかったけれど、それでもまだ可能性は捨ててはいない。
いずみの思い描く理想のアルファは、穏やかで優しくてどこかでも誠実な好青年だ。
どう転がっても市成湊ではありえない。
「まあ、遊んでるのは事実だけど、相手はちゃんと選んでるとは思うよ。上手くあしらえなかったのって、結局割り切れずに勝手にハマっちゃったうっかりさんだけでしょ。最初から大丈夫そうな相手を選りすぐってるなと思ってたから、追っかけちゃった子のほうが予想外だと思うけどね」
「・・・・・・・・・・・・見て来たようなこと言いますね」
市成関係でいずみに泣きついてくる女子の大半は、ちゃんとその場限りのつもりで会っていたのにいつのまにか沼から抜け出せなくなって、そんな自分に戸惑って、本気の恋って辛いんですねどうしたらいいんですか、と相談してくる者ばかりだった。
彼女たちはみんな揃って見た目も可愛くて、オメガであることに少しも劣等感を感じていない、オメガバースの教育を受けて来た第二世代。
最優良アルファとひと時の恋を楽しみたいだけでちょっかいをかけてどっぷりハマった、ある意味自業自得のオメガともいえる。
犬に噛まれたと思って次の相手探しなさいと慰めて背中を押してやった回数は両手では足りない。
「そりゃーここが出来た時からの遍歴ぜーんぶ記憶してるからねぇ」
「クレーム係も楽じゃないんですけど・・・」
「多分さぁ、市成さんにとって九重ちゃんて、唯一のイレギュラーだったんだろうね。だって九重ちゃん、最初っからナイです、って市成さんのことはっきり線引きして遠ざけてたでしょ?」
「だって私の好みと真逆を行くんですもん」
「九重ちゃんの好みってどんなのよ」
「しいて言うなら、公務員とか行員タイプですかね」
「うわ、カタ」
「一本芯が通ってブレない人が好きなんです。ずっと一途で交際人数もそんなに多くなくって」
「理想がちょっと具体的すぎない?」
限定的すぎるよと呆れ顔で笑った赤松がひょいと眉を持ち上げる。
憧れを抱くのは個人の自由だ。
いずみが惹かれる異性は、これまでずっと、どこか古風な雰囲気が漂う落ち着いた男性ばかりだった。
だから、
それでも憧れを抱くことは止めない。
いずみが思う理想の恋は、冷静さを忘れて一晩で燃え滾ってしまうようなものではなくて、じわじわと心を信頼とぬくもりで包んでくれる熾火のような恋なのだ。
「私はそういう相手に運命を感じるんですよ」
誰に言われてもこの信条は曲げませんときっぱり言い返せば。
「・・・・・・・・・申し訳ないけど、いまから転職は無理かなぁ」
真後ろから苦笑交じりの声が聞こえて来て、いずみは慌ててエビフライを飲み込んで振り返った。
「それにほら、俺って行員ってタイプでもないしね」
「・・・・・・誰も市成さんの話はしてませんけど!?」
「でも俺は聞く権利あるよね?九重さんの理想のタイプ」
「早く風邪治してください」
市成の恋情を一時の気の迷いで風邪のようなものだと決めつけたのはいずみだった。
だって彼がいずみに本気になるなんて、そんなことあるわけがない。
それなのに彼は平然といずみに笑いかける。
「あれからもう一週間だよ?風邪ならとっくに治ってるでしょ」
「インフルエンザかもしれませんよね!」
「ああ、じゃあもういっそ恋の病ってことで看病して貰おうかな」
片目を瞑るおまけ付きで言われて、衝撃を通り越して白くなる。
いずみの真っ白な反応の代わりに、カフェテリアに残っていた女子社員数人が黄色い悲鳴を上げた。
目の前の赤松は、親子丼をれんげですくいながら飄々と嘯く。
「意外とお似合いかもね、二人」
「ちょっと、赤松さん!」
「見る目あるね、赤松さん。応援してくれる?」
「んー・・・どうでしょう。私は基本か弱い女子社員の味方なので」
「じゃあもっと私のことフォローしてくださいよ!」
「九重ちゃん逞しいし、放っといても自分でどうにかしちゃうでしょ?それに、ほんとに困った事になったら一番助けてくれるのは多分、目の前の相手だよ」
視線で示された市成が嬉しそうに微笑んで来る。
ガセネタを妨害された一件は、確かに救われた、のうちに入るのかも、しれない。
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