第5話 3.paradox-1

「あ、あの、市成さん・・・・・・・・・その、良かったら、今度二人でお食事でも・・・」


ランチタイムのピークが過ぎたカフェテリアの片隅で、呼び止めた長身の男に向かっていじらしい仕草でデートのお誘いを仕掛けているのは、今年入社したばかりの新人オメガだ。


初々しさ満点の庇護欲をそそられる表情と、オメガであることを全面に押し出した女性らしい雰囲気の彼女は、最近よく見る婚活オメガの一人。


社会人デビューと同時に、優良なアルファを探してシンデレラストーリーを完成させたいのだ、とその顔に書いてある。


オメガ採用枠を設けて、積極的にオメガ雇用を行っている西園寺グループに就職出来た彼女は強運の持ち主だ。


その中でも高倍率で有名な市成に目を付けるところが、いかにも新人である。


彼がどれくらいオメガとつまみ食いしているか知らないから挑めるのだ。


いや、知っていても万に一つの可能性に賭けているのかもしれない。


それだけ、運命の番探しに必死なのだ。


教育機関での第二性別、いわゆるバース性の検査が始まってから、オメガバースの存在はようやく全国に広まった。


それと同時に急増したオメガ属性への偏見とトラブルが解消されて来たのはここ2年ほどのこと。


隣県などではまだまだ根深く差別や偏見が残っているようだが、オメガ療養所コクーンをはじめとした西園寺関連の施設が多く存在するこの都市では、行政も挙げての受け入れ態勢を整えているため、他県よりもオメガ属性の人間が安全に暮らすことが出来る。


いずみが初めて発情期ヒートを起こしたのは23歳の時だ。


属性検査がまだ義務化されておらず、わけのわからない体調の変化にただひたすら怯えて過ごした。


当時付き合っていた彼とは、発情期ヒートが原因で別れることになり、受診した病院で検査の結果を受け取った後、すぐにオメガの受け入れ態勢が整っている他県への移住を決めた。


抑制剤開発のための被験者を募集していることを病院で聞いて、西園寺メディカルセンターを紹介されて訪問したことがきっかけで、当時勤めていた企業を退職して、転職を決めた。


オメガ保護法が成立施行するまでは、一般企業での発情期ヒートへの休暇サポートなどは一切なく、その点、西園寺メディカルセンターは、オメガ待遇と言われる特別措置が設けてあり、発情期ヒートの休暇は勿論のこと、治験に参加する際の補助制度も充実しており、オメガ属性を卑下することなく働くことが出来た。


同じように、被験者登録で西園寺メディカルセンターを訪れて、転職してくるオメガも多く、最近では、オメガの希望就職先ではダントツの人気を誇っているらしい。


希少価値の高いオメガが集まれば、その分抑制剤開発は早く進み、その性質を生かした別の新薬を開発する事も出来る。


オメガを狙った悪質な事件がニュースで報道される事もあるけれど、この都市においては、オメガは第一に守るべき対象として考えられているため、そういった心配もない。


治安が良いのは昔からだが、不思議なくらい凶悪犯罪とは無縁の片田舎なのである。


オメガを受け入れするにあたり、社員全員にオメガバースの研修が行われているため、万一施設内で突発的な発情期ヒートに襲われても、危ない目にあう可能性は皆無。


今のところ、ここより安全な職場は、オメガの保護施設であるオメガ療養所コクーンくらいのものだろう。


だから、今日みたいなオメガからのラブアタックは、この会社ではしょっちゅうなのだ。


当然、センシティブ情報にあたるので、抑制剤開発チーム以外の社員はバース性の報告義務はないし、バース性を偽っている社員もいるが、ここ最近入社してくるオメガは、優良企業に勤務するフリーのアルファを探すことが目的の一部のようだ。


アルファであることを公表している社員はそう多くないが、中でも一番人気なのが、センター長の補佐役を務める市成湊で、顔良し、頭良し、カラダ良し、愛想良し、の四拍子揃った最強アルファ、であるらしい。


いずみからしてみれば、スケジュールの無茶ぶりは多いし強引だし、それを笑顔一つでねじ伏せられると思っているところがひたすらにふてぶてしい、いけ好かない相手である。


そのうえ、ちょっと気の合うオメガはあっさりお持ち帰りしてぺろりと頂いた挙句、本気になって追いかけられるとするりと躱して逃げていく、卑怯な男でもあった。


自分もオメガ属性の端くれなので、アレにだけは引っかかりたくないと本気で思う。


だって属性に左右されて心より先に身体だけで満たされるなんて、ちっともロマンティックじゃない。


古臭いと言われようが、固いと言われようが、心が繋がった相手じゃないと、絶対に身体を許したくないいずみの真逆を行く彼は、どこまでもいずみとは対極の存在だ。


そんな彼と職場以外の場所で顔を合わせたのは先週の日曜日が初めてのことで、まさか二人でバーで飲む羽目になるとは思いもしなかった。

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