第11話 大吉とチンピラとチョコレートパフェ

「見つけたぜ、関節技の兄貴!」

「あ?」


 大吉がその人物と再会を果たしたのは、とある灼熱の真夏の日であった。

 相変わらず大吉は癒しの喫煙タイムを得るべく、クソ暑い最中に日本橋にある喫茶店に向かおうと東京駅を出たところであった。

 ところでなぜ大吉が日本橋駅ではなくわざわざ店から少し離れた東京駅を使うのかというと、自宅からの乗り換えが便利なのと、地下鉄に乗ると余分な金がかかるからだ。

 地下鉄に乗る金を浮かせて、その分タバコを買った方がいいに決まっている。


「誰だ、お前」

「俺っす、二日前にこの場所で兄貴にノされた!」

「?」


 大吉は首を傾げた。基本的に大吉はタバコ以外のものに興味を抱かないので、そう説明されても全く男のことを思い出せない。

 男はもどかしそうに地団駄を踏んだ後、急に鼻先を指差す。よく見ると鼻頭に丸い火傷が浮かんでいる。男は人差し指で火傷を指差した。


「ほら、ここで聖フェリシア女学院の生徒に絡んで、兄貴にタバコで焼き跡つけられた後に関節技キメられた、あの時のチンピラっす!」

「あぁ」


 男のプライドをかなぐり捨てた説明により、ようやく大吉はその時のことを思い出した。そういえば駅の中で、喫茶店で知り合った女子高生を助けたんだったな。


「で、その時のチンピラが何の用だ。リベンジマッチなら受けて立つが」


 大吉はファイティングポーズを取って戦闘に備える。チンピラが慌てて両手を振った。


「いえいえ、違います! あん時は怒りで腸が煮えくりかえりそうだったけど、俺、兄貴の鮮やかなケンカの腕前に惚れちまいまして!」

「『覚えていやがれ』とか言ってなかったか」

「それは決め台詞ってやつっすよ!」

「捨て台詞の間違いじゃないのか」


 チンピラは大吉のツッコミを無視し、揉み手でへこへこし始めた。大吉は一刻も早くタバコを吸いたかったので、無視して歩き出した。


「兄貴ぃ、あの反撃技どこで覚えたんすか」

「新世界のおっちゃんが教えてくれた」

「新世界! へえ、兄貴はグランドライン後半の海出身でしたか。どうりで強いわけだ。もしかして、覇気も使えるんじゃないっすか。もしかして能力者だったり?」

「そんなわけないだろ。新世界っつったら大阪だよ」

「大阪はグランドラインにあったんすね! 知りやせんでした!」


 チンピラは歩き出した大吉に追いすがり、なおも話しかけてくる。しぶといやつである。


「あ、申し遅れやした。俺、高木良一たかぎりょういちっていいます。十八歳っす」

「ふーん」

「全然興味なさそう! 兄貴の名前は?」

「大吉」

「縁起いい名前っすね!」


 大吉はチンピラの言動を気にせず、目的の店の扉を開けた。チンピラも入店し、勝手に大吉の向かいに座った。


「フンイキある店っすね」

「いらっしゃいませ」

「おわ! ねこ!?」

「どうも、須崎と申します」

「スザキさん!?」

「漢字は、『必須事項』の『須』に山へんの『崎です』」

「『ひっすじこう』ってなんだ?」


 須崎は丁寧にも、手にしていた伝票に自分の漢字を書きつけて高木に見せていた。

 大吉は高木が縞猫の店長須崎に驚いているのを気にせず、「冷コー」と注文し、タバコに火をつけた。


「俺、チョコレートパフェ!」

「チョイスかわいいな」


 あっという間にねこの須崎と打ち解けた高木は、注文をする。


「かしこまりました」


 去っていく須崎を見送る高木は、「スッゲェ!」と目を輝かせていた。大吉はこの間に既に一本、タバコを吸い終えていた。


「ねえ、大吉の兄貴! ねこって喋れるんすね! 俺、知りませんっした!」

「で、お前なんで俺について来たんだよ」


 大吉は須崎の件には触れずに問いかける。高木は居住まいを正した。


「はいっ、俺を、舎弟にしてください!」

「断る」

「なんでっすか!?」


 大吉はタバコを思いっきりふかしてから、理由を簡潔に説明した。


「俺、ただの大学生」

「へえ、兄貴はどこ大行ってんすか」

「すぐそこの慶應大学」

「ケイオー!?」

「慶應義塾大学薬学部二年」

「ケイオーのヤクガクブ!?!?」


 高木は思いもよらない大吉の高学歴ぶりに度肝を抜かれ、大声を出す。


「高木は普段なにしてんの?」

「俺は主に、ゆすりたかりにカツアゲっすね」

「まるでチンピラのお手本だな」

「やだなぁ、そんな褒めないでくださいよ」

「学校はどうしてんだよ」

「中退したっす!」

「なんで」

「他校の奴らとボーリョクザタを五、六件起こしたら追い出されました!」

「親が泣くぞ」

「へへへ」


 大吉はどうしたもんかと考えた。面倒臭い奴に絡まれたもんだ。目の前の高木は須崎が運んで来たチョコレートパフェをニコニコと頬張っており、帰る気配がない。こいつ金あるんだろうな。そもそも金を持っていたとして、今の話だと誰かからカツアゲして巻き上げた金なんじゃなかろうかと思う。そんな汚い金を須崎に渡すのはどうなのか。しかし奢ってやる理由もない。

 大吉が内心で困っていると、喫茶店の扉が開いて来客を告げた。やって来た人物を見て、大吉はひらめく。


「お、ちょうどいい。おい、高木。お前、あの人に弟子入りしろ」


 言って大吉が吸い差しのタバコで示した先にいた人物は、


「あぁ!? なんじゃワレェ!!」


 治部良川であった。



「なるほど、そういうことか。いいぞ」


 大吉が簡潔に状況を説明したところ、治部良川はあっさりそう言ってくれた。


「元々俺がいた会社の鳶職人は、チンピラやらヤンキーみてえな奴ばっかだからな。俺の名前は治部良川庄左衛門。まあよろしく」

「俺は高木良一っす! ジブラガワさん、冗談みたいな名前っすね!」

「やかましぁ」


 治部良川は満面の笑みで元気に自己紹介をした高木に言い返した。

 何にせよこれで一件落着だろう。高木は大吉の舎弟にならず、治部良川のいた会社で鳶職人になる。高校も中退したと言っていたし、働けばきっと高木の親御さんも喜ぶはずだ。

 後日、ド派手な赤いニッカポッカに地下足袋を履き、頭に黒い手ぬぐいを巻いた高木が喫茶店を訪れて常連たちの度肝を抜いたのだが、それはまた別の話であった。

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