3月13日 薄明かり
昨晩は天気が荒れた。雨は降るわ風は強いわで、そりゃあ気温も下がろうというものだ。明日の朝はもっと寒いらしい。遺憾である。
夜、布団の中で目をつぶっていると、いつもより聴覚が研ぎ澄まされる。周りが静かなせいもあるし、視覚情報が遮断されているせいもあるだろう。
風が鳴っている。高く長く鳴る、笛のような音ではない。一瞬だけ高低入り混じった音がヒョオッと鳴り、すぐ後に何か大きなものが強くぶつかったかのように、窓ガラスがドンッ! と揺れる。私は真っ暗闇の中で、夜に暴れる春をじっくり感じる。
私は、暗闇を恐れない子供だった。寝室の豆電球を点けてくれた母の気づかいに、「眩しくて眠れないから、消して」と言うような幼児だった。
いや、あるいは暗闇を恐れないというよりも、光があまり好きでないのかもしれない。やや視覚過敏の気があり、強い日光や光の点滅により頭痛が誘発される。それは昔からだったような気がする。
春の光は目に優しい。少なくとも夏よりは、生命に対するいくらかの配慮を感じる。
1年の中で最も好きな季節は春だが、1日の中で最も好きな時間帯は、夕暮れよりも少し手前、西の空が赤く染まり始める直前だ。
太陽光がちょうどよく遮られ、私は屋外でも、しっかりと目を開けることができる。(太陽が出ている間は、眩しいので少し目をしかめてしまう)
強すぎる光が苦手な私にとって、夜の暗闇も好ましいものだ。ただ、特別夜目が利くわけではないので、暗いと何も見えない。それは困る。
だからこそ最も好ましいのは、夜ではなく昼と夜の中間なのだ。
薄明かりの中でしっかりと目を開けると、当然ながら、目をしかめていた時よりも視界が明るくなる。視界を明るくしつつ、頭痛が起こらない。私のために与えられた時間帯なんじゃないかな、などと考えてみたこともある。
好きなものと好きなものを合わせると、とても好きなものになる法則は、ここにも適用される。
春の夕暮れ前は、光も色も匂いも何もかもが透き通っている。薄明かりに照らされた、芽吹きたての植物たちのシルエット。ほのかに光を反射しながら飛んでいく羽虫。土の匂い。ぬるい風。
何もかもが、好き。春の薄闇の中に、私の最適がある。
とはいえ、今日は日のあるうちからあんまり寒すぎて、日が落ちるといよいよ冬の様相となり、薄明かりを満喫するどころではなかった。
冬物コートをクリーニングに出す前で良かったと、しみじみ思う。信号待ちがつらい。
早く青信号になれと願いながら、両手を擦り合わせる。そうして見上げた西の空は、18時を過ぎてもまだほの明るい。
気温は上がり下がり気まぐれなのに、日の長さはきっちり規則的に変動するのは、いつ考えても不思議だ。ちょうど帰宅する時間帯に、私の好きな薄明かりの時間帯が重なるのは、実に嬉しい。
これがあるから、やっぱり、春が好きだ。
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