3月10日 優しい無関心
ミモザを見に行ってきた。公共交通機関で15分ほど行った先の公園に、ミモザの木が植えてある。この時期に行けば咲いているだろうと思ったが、大当たりだった。
満開のミモザが、暖かな日差しを受けて春めいた黄色を放っている。ミモザがぼんやり淡く光って見えるのは、その花が小さな花火のような、独特の形をしているからだろう。
ミモザの木の下に立つと、自分が光の中に浮かんでいるような気がしてくる。柔らかく垂れさがっている枝に、まるで春の陽光そのものが形を得たかのような花が房をなしている。美しい木だ。
ミモザを存分に満喫すると、私は視線を上から下へと向ける。ミモザの咲く公園は、普段はほとんど足を運ぶことのない場所だ。すなわち、普段とは少し違う春に出会える可能性がある。
ここまで、雑草や虫が好きだということを散々書いてきたが、もうひとつ、好きなものがある。地衣類だ。
地衣類というのは、木やコンクリートの表面にくっついている、白や黄色の苔のようなものだ。苔(コケ植物)ではなく、菌類と藻類の共生生物だ。私はこれらに完全に魅了されており、良い形の地衣類を見付けては、写真におさめている。
なお撮影したものはTwitterにアップしているので、興味がある人はぜひ見てほしい。そして、至るところに存在する地衣類たちの魅力を、少しでも知ってほしい。
さて、地衣類というものは、一昼夜でむくむくと成長するたぐいのものではない。長い時間をかけて、ゆっくりゆっくりと大きくなる。そのため、日々の活動範囲内で撮影する地衣類は、どうしても似たようなものばかりになってしまう。(私はそれでも満足なのだけれど)
旅行やら何やらで普段は行かない場所に行ったとき、何が嬉しいかといえば、地衣類の目新しい写真を撮れることだ。正直に白状すると、今日はミモザを見に行くぞという気持ちで出掛けはしたが、半分くらいは地衣類のことを考えていた。
地衣類を撮るときも、私はやはり不審者になる。木やコンクリートにスマートフォンを向けて、一心不乱にシャッターボタンをタップしているさまを想像してほしい。「あの人、いったい何を撮っているんだろう?」と、間違いなく思われている。
今日行った公園は、なかなか人の姿が多かった。しかも昼時に行ったので、春のうららかな陽気の中、公園でランチをいただく素敵な人々がたくさんいた。
そんな中で私は、昼食そっちのけで木の幹を凝視し、良い感じの地衣類がいないか、公園内をうろうろ歩き回っていた。
花を撮っているならまだしも、百歩譲って虫を撮っているならまだしも、一見して何もないただの幹を撮っている人間。素敵なランチタイムを邪魔してすみません、という気持ちはなくもないが、撮影欲には逆らえない。
地衣類たちを撮影しながら、つくづく思った。無関心ってありがたい。
不審者だと思いはしたかもしれないが、なにか注意されることはなかった。「何してるんですか?」と声を掛けられることもなかった。なんて嬉しい無関心だろう。
一度、ふと顔を上げたときに、散歩をしていたらしい見知らぬおじさんと目が合ったが、おじさんはニコッと会釈をしてそのまま歩き去っていった。
昨今、多様性という言葉が世の中に浸透しつつある。それは人種であったり文化であったり、服装であったり性別であったりする。
これは私個人の考えだが、社会の中に多様性を維持しようとするならば「ある程度、他人に無関心であること」が肝要になると思っている。
他人に興味を持つということは、他人を好いたり嫌ったりするということだ。他人に興味を持ちながら、その人の言動に特定の感情をいだかないことは難しい。興味を持った時点で、少なからず好悪というものは発生してしまう。
多様なものが混在する環境において、そのひとつひとつに、いちいち好悪を感じていたのでは疲れてしまう。「多様性」は疲れるのだ。みんな(私も)、疲れることはしたくない。だから、多様性はなかなか受け入れられない。
それでも多様性が必要とされるとき、多様性に疲れないためにはどうすればいいか。そもそも興味を持たなければいいのだ。ある程度他人に無関心であれば、他人の言動に感情を振り回されずに済む。
もちろん、完全に無関心というわけにはいかないだろう。それはそれで問題がある。その辺りの加減は難しいところだが、少なくとも今日、私はとても気持ちの良い無関心の中にいられた。
ありがとう。放っておいてくれてありがとう。無関心でいてくれてありがとう。私は思う存分、私でいられる。
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