第14話 ひっそりとは過ごせない。だけど

 挨拶と会話との距離。


 すれ違う時、多少都会であってもそのシチュエーションであれば挨拶しますよね。例えば、エレベーターの箱が動くのを「開」ボタンを押して待ってもらったら「ありがとうございます」あるいは「すみません」くらいは言います。

 しかし、そこから先の会話への発展は余程のことがないとありません。


 都市部での私の経験で具体的な例を話すと、あれは稲本潤一選手が川崎フロンターレに在籍していた時のこと。ある広島市街地のホテルを仕事で訪れた際、上記の例のようにエレベーターを待っていただいたことがあります。

「お急ぎのところ恐れ入ります(社名の入った服を着ているので普段は吐かないセリフをも使う)」

「いいえ」

 相手(壮年の男女)も何やら文字の入った服を着ている。

 その服を見て、私はすかさずこう話しかけたのです。

「昨日スタジアムに行かれたんですね。川崎からですか?」

 そう、彼らはフロンターレのレプリカユニフォームを着ていたのです。しかもサインがたくさん書かれている。まあ、一般的にサッカーの場合は練習場に見学に行くと、クラブハウスとグラウンドの間で行き交う選手にサインをしてもらえるというのが常なので、サイン入ユニフォーム自体は珍しくありません。珍しいのは、試合翌日でも着ているこの二人。

「はい、そうなんです。お兄さんも?」

「ええ、観に行っていました。昨日は稲本一人にやられましたよ」

 そう、この前日の試合は稲本選手が主に守備面で絶好調でした。

「ですよね。ちょっとあそこまでキイテる稲本初めて見たかもしれないです」

 とまあ、こんな感じで特殊な場合は都市部でも初対面での会話が盛り上がることもあります。

 なんだこの前フリ、長いなあ。


 で、宇久島の話。

 車ですれ違うだけの時も会釈するのは当たり前。狭い道路や交差点で道を譲った、とかじゃないですよ。普通に対向車線に車が通っても、車対人でも会釈する。

 そんな生活を送っていると、思わぬところで思わぬ話しかけられ方をする。

 先日職場のボス宅にバーベキューの招待をされた時。従業員以外にも、ボスの知り合いや地元銀行の支店長と行員二人が参加していました。

 すると、その行員(私はその銀行窓口に行ったことはない)に話しかけられました。

「昨日の夜、たいら港にいましたよね?」

 なんてこったい。見られて覚えられている。おそらく社名の入った車が大きな要因。

 さらに昨日。私が使っている通勤用(プライベート用)社用車ではなく、仕事中に使う車でガソリンスタンドに行った時。やはり話しかけられる。

「昨日、神浦こうのうらにおったやろ? 釣れたね?」

 まあ、顔も覚えられやすいのは昔から。こんなことも多くなるよね。


 そう。宇久島に限った話ではないと思いますが、田舎、特に離島では人と人の距離が近い。物理的にではなく。

 挨拶から会話への移行も早い。むしろ形式的な挨拶は省略されることも。


 はっきり言ってこれまでの私は、極力人と関わることを避けてきました。顔も覚えられないように、目を逸らして挨拶もされないように。

 この人との距離感の話を聞いて「わずらわしそうだな」と思った方もいるかもしれません。

 ところが、実際島民になってみると、全然煩わしくなんてないんですよ。逆に安心感さえあります。

 困った時に助け合う、というのは田舎に限らず日本人の特色だと思いますが、島ではそれがもう一歩進んで、積極的に困ったことがないか見守る意識がある気がしますね。

 あ、そしてですね、釣り場のゴミ問題とか全国では多くあるものなのですが、宇久島ではまだ釣りのゴミを見たことありません。

 そういうのも、人と人の距離の近さが関係するのかもしれないね。

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