第4話 「賭けをしないか?」
「お互いのスマホに呼び出しがなかった場合、もう少し僕と話をしよう。呼び出しがあれば、おとなしく会場に戻る――どうだ?」
「話だけでいいんですか?」
「まずは話からがいい」
「わかりました」
腕が解放されたのでハンドバッグを手に取った。中からスマートフォンを二台取り出し、彼に見えるようにベッドの上に置く。どちらのスマートフォンもシンプルなカバーが掛けられているだけで、女っ気のかけらもない。
「私のほうは着信なしですね。電波も異常なしですし、メッセージアプリ系統の呼び出しもないようです」
ちなみに二台あるのは、個人用と仕事用とで分けているからである。プライベートはプライベートとして切り分けたかったということと、そもそも一台をその都度切り替えて使いこなせるほど器用じゃないので、荷物にはなるけれどそうしていた。
「ふむ。じゃあ僕のほうは――」
私のほうに腕を伸ばされた。手首に巻かれた腕時計型の端末を見せられる。表示は仕事に関係のなさそうなものばかりで、呼び出しはなさそうだ。
「ほれ、こっちも見ておけ」
会社で支給しているスマートフォンもベッドに放ってあったジャケットの胸ポケットから取り出され、私に手渡される。
期待していたのに、表示に不審な点はない。呼び出しはなさそうだ。
「ええ……」
ついつい不満が声に出た。
社長を探さないってどうなのよ。途中で抜けてもいいって? まだお酒出してないよね……。彼と連れ立って会場を出たところは見られているから、私に何かあっても大丈夫だと思われてるのか。
ああ、それとも、緊急事態でも起きたと思われて放置されている? それならあり得るかもしれない。
彼に「少しいいかな?」なんて、すごく真面目な顔で割って入られたら、外部との仕事等でトラブルが起きたのだと思われてもおかしくはないだろう。思い返してみたら、彼はそのとき社員用のスマートフォンを手にしていたかもしれない。
お酒が入る前ならトラブル対応に行くもんね、私も彼も間違いなくそういうタイプだ。
「この部屋に入ってから僕は君のバッグには触れていない。僕がジャケットに触れていないことも自明だな。部屋に入って君を押し倒したあと、投げ捨てたから」
「怪しむならその腕時計でしょうけど……はぁ、いいですよ、もう。呼び出しがあったら戻ります」
私は彼の隣に腰を下ろした。立っていても疲れるだけだし、話をしようと提案されている。距離を縮めるのであっても、いきなりということはない、はず。私が余計な言動をして煽らなければいい。
「――もうひとつ、賭けをしないか?」
「内容によりますが、まずはお聞きしても?」
問いで返せば、彼は身体を曲げて私の顔を覗き込むようにした。
「パーティの第一部が終わるまで残り三十分ほどだ。それまでに連絡が入らなければ、今夜の君の時間のすべてを僕に預けてくれないだろうか」
「第二部の飲み会には戻っていい、と?」
「ん? 君は不参加だったろう?」
「……気が変わったんです」
このやり取りで、さすがに私は気がついた。
この部屋に入ってしまった時点で、彼の計画は遂行できている。もう逃げ場はないのだと。
「僕も不参加で提出していたからなあ。第二部の参加は任意で、名目上は業務外だった」
「社員旅行は業務の一環のようなものじゃないですか。帰るまでは業務です」
「前の職場はそうではなかったがなあ」
「うちはうちなので」
始めから彼の掌の上だったとしても、素直に絆される私ではないのだ。ぴしゃりと返せば、彼はしゅんとしょげていた。
それはそれとして……どこから彼の計画だったのよ? 協力者もいるってことでしょ? 私が彼に気があるって話は公言してなかったはずだけど、あのインタビューを思うに、バレバレだったってこと? うっわ、恥ずかしい。
いやいや、私の片想いがモロバレだったとしても、彼が乗る? そのほうが有り得ないと思うんだけど。
あー、駄目。仕事モードを維持できない! 二人きりで、会議室でもないところ、ってか、さっき熱烈な口づけを受けた場所で、仕事の気分になれるわけがない。
私は彼のことが好きなのだ。触れ合いたい、深く繋がってもいいと思えるくらいには好きなのだ。認めたくないけど!
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