第五章 必死になるもの

21 リイン

 私とリインは、とある公爵領の端にある小さな農村で、同じ年に生まれ育った。

 小さな農村と言っても、人口は千人以上、村自体の土地も端から端まで数十キロはある。

 私が初めてリインに出会ったのは、単なる偶然だった。


 リインは村の中心に近い場所に住んでいて、五歳になったある日、一人で散歩に出かけて道に迷ったのだ。

 五歳の子供というのは侮れない。

 帰り道が分からずとぼとぼ歩き続けて、数キロ離れた私の家の近くまでやってきたのだから。


 幼いリインは、帰り道が分からず心細くなって泣いているところを、通りがかった私の親に保護され、すぐにリインの親に連絡が行った。

 リインの親が迎えに来るまでの間、子供同士なら丁度良いということで、私はリインの話し相手を務めた。


「名前は?」

「リイン」

「どこに住んでるの?」

「おとうさんとおかあさんのおうち」

「そういう意味じゃない」

「んーっと、えっと、おおきなおうち」

「場所はどこだと聞いているんだ」

「おとうさんとおかあさんがいるところだよ」


 私の方は当時既に前世――異世界の記憶を取り戻しており、子供らしからぬ言動をなるべく見せぬよう生きていた。

 ボロがでないように、あまり同世代の友達を作らず、本が好きだということにして、家の中に籠もって本を読んでいることが多かった。

 外遊びをしない私を心配した両親が「リイン君の事情は気の毒だが、歳も近いし」とリインの相手をあてがったのだろう。

 だが、五歳児と中身数十歳では会話が噛み合わない。

 前世でも大人になってから子供の相手などしたことなかった。


 幸い、小さな村社会は「リイン」「推定五歳男児」というだけでリインの家をあっさりと特定した。

 リインの両親が血眼で探していたのも好都合だった。

 私はこの時のリインの相手は短時間で済んだ。


「ばいばい、おにいちゃん」

 リインは最後に私をそう呼び、両親に抱かれて帰っていった。

「お兄ちゃん?」

 私は手を振りながら首を傾げてみせた。

 年の頃はそう変わらない、何なら、外遊びをしないためか身体が細く小さかった私を、リインが「兄」と呼んだことへの疑問を呈するかのように。

 内心では、リインに私の内面を見透かされたのではないかと、冷や汗をかいていた。

「貴方は大人びてるから、年上に見られたのかしらね」

 幸いにも私の両親は好意的に受け止め、特に追求はされずに済んだ。


 リインとの再会は、この世界の一般的な成人年齢を過ぎてからであった。



 私の両親は、私が十五歳の頃に魔物に殺されてしまった。

「貴方も大きくなったことだし、一人で留守番できるわよね」

 たまには夫婦水入らずで旅行でもしてくる――両親はそう言って、家からほど近い観光地へ向かった。


 この世界には電車や飛行機は勿論、自動車などというものも存在しない。

 一部の魔法使いや賢者が転移魔法を使えるのを除けば、移動手段は馬か徒歩に限られる。

 それ故、遠方に出かけた場合、一日程度の予定の遅れは誤差の内だから、私は全く心配していなかった。


 ごく普通の、一般人の旅行だ。安価で安全な道しか通らなかったはずなのに。


 両親の帰りは、予定よりも三日遅くなった。

 いや、永遠に帰ってこなかったと言うべきかもしれない。

 両親は変わり果てた姿どころか、魔物に骨まで食い尽くされ、荷物や衣服の切れ端のみを遺して、この世界から消えてしまった。


 私は生まれたときから、自分が最終的にやるべきことを理解していた。

 予知めいた予感ではあったが、その過程は不明瞭で、両親がこんなに早くに亡くなることは、全く見えなかった。


 両親は私を愛してくれていた。

 これから両親に貰った愛を少しずつ返そうという段になって、魔物がぶつりと無遠慮に噛みちぎってしまったのだ。


 一人になった私は、村を出た。

 そのまま近隣で一番大きな街の魔伐者ギルドへ赴き、魔法使いとして魔伐者になった。

 私が最終的にやるべきことの中に、魔物の討伐は含まれていない。

 だが、過程が見えないということは、私が何をするのも自由であるという意味だと解釈した。


 最初の数年はひとりで活動した。

 規格外の魔力のお陰でひとりでも何ら問題なく魔物を討伐できたし、ひとりの方が力を隠すのに都合が良かった。

 私はごく普通の魔伐者として、ギルドでは目立たず、黙々と、確実に己の仕事をこなした。

 時には魔物の大発生により仕方なくパーティを組むこともあったが、皆その場限りの付き合いで終えた。


 リインと再会したのは、私が魔伐者として中堅程度だと周囲から認識された頃だ。


 陳腐な言葉で言えば、運命の歯車というやつが、噛み合ったのだろう。


 リインのことは覚えていたが、その後の動向については全くの無関心だった。

 まさか魔伐者になっていたとは、驚いた。

 私のように、肉親を魔物に殺された者が魔伐者の道を選ぶことは少なくないが、平和な村で暮らす平々凡々な若者が自ら危険な仕事に就くのは珍しかった。


 そう、リインは平々凡々で、魔伐者としては少々未熟だった。

 リインを入れて男四人女一人のパーティは、部外者の私がひと目見ただけでもわかるほどちぐはぐで、勢いだけが空回りしていた。

 そんなパーティだから、適正レベルの魔物を討伐できたこと程度で喜んで、高レベルの魔物をおびき寄せてしまったのだろう。


 リインのパーティは、リイン以外の全員がその場から逃げようとしており、リインだけが剣を構えて魔物と対峙していた。

 私は思わず、攻撃魔法を放った。



「ありがとうございます、助かりました。……あれっ、どこかで……」

「君は確か、リインだったか」

 五歳の頃、迷子になり泣いていたリインの面影を見つけて、名前を当ててしまった。

「やっぱりそうか! こんなところで会うとは……君も魔伐者になったのかい?」

 逃げようとしていた連中は、私が討伐した魔物に勝手に群がって、戦利品を漁っていた。

 リインの怪我にそっと自己治癒能力を高める魔法を使い、他の連中は無視した。

「どうしてこんな危険な仕事に? 魔法が使えるから?」

 リインも倒れた魔物のことなど忘れたかのように、私に質問を浴びせてくる。


 リインは、私が両親を魔物に殺されたことを知らなかった。

 何故なら、十四歳の頃には村を出て、魔伐者になるべく修行を積んでいたのだとか。


「そうか、大変だったんだな……。ともかく助かった。命の恩人にお礼がしたい。僕にできることならなんでもするから、言ってくれ」

 命を救ったというなら、他の連中もそうなのだが、私がこのパーティに入ってから抜けるまで、一度も感謝の言葉を寄越さなかった。

 私はリインが心配になった。

 こんなパーティを組み、一人気を吐いて、しかし誰も助けようともしないどころか、見捨てる寸前だった。

 一体どんな経緯があれば、こんな連中とパーティを組む羽目になるのか。


 だから、私は提案してしまった。


「そろそろ一人でやるのは限界だと思っていたんだ。リインのパーティに入れてくれ」

 リインは小さい子供のように、目をまんまるに見開いた。

「そんなことでいいのか? もっと、金とか……は、あんまり払えないけど」

「できることならなんでもすると言ったじゃないか。それとも、私をパーティに入れる権限が無いと?」

「いや、このパーティのリーダーは僕だ。じゃあ……よろしく」

 差し出された手を、私は軽く握り返した。



 パーティの他の連中とはギリギリ名前を覚えた程度にしか、接しなかった。

 他の連中は私のことを「便利な魔法使い」扱いし、リインは「リーダーだから」という言葉でありとあらゆることを背負い、背負わされていた。

「何故彼らなんだ?」

 私が尋ねると、リインは苦笑しながら、

「魔伐者になりたての頃、世話になったんだ」

 と答えた。


 とはいえ、あの悪意に満ちた連中からリインをもっと上手く守れたはずだと、後悔は先に立たなかった。


 連中の目的は、リインの実家の金だった。

 リインの実家は村のなかでは裕福な方ではあるが、他人から妬まれたり狙われたりするほどの財を囲っていたわけではない。

 それでも、他に就ける職のない、嫌々魔伐者をやっている連中からしたら、十分な財に見えたのだろう。

 奴らは時間をかけて高価な薬を盗み、あるいは詐欺まがいの行為で他人から巻き上げて集め、リインを薬漬けにした。

 そしてリインに魔力滞留障害症のような症状が出ると、連中の内男三人は示し合わせてパーティを離れ、しばらくして私とリインの故郷へ向かおうとした。

 リインの家族に、リインの命を救うには金が必要だと、嘘を吐くために。


 私はこの時初めて、人を殺した。

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