17 赤の他人
俺の魔力量が以上に多いことは、サニばあさんの魔力で動いている魔道具を使ったことで判明した。
「あたしはこう見えても、常人よりは魔力量が多いんだ。だから自分の魔力を使う魔道具が使える。あんたみたいに規格外の魔力を持つ人間は、そういう魔道具と相性が悪いんだよ」
一般的に普及している魔道具は、殆どからくり仕掛けでできており、使用者が極微量の魔力を供給することで動く仕組みになっている。
サニばあさんのように魔力の多い人は、魔道具と紐づけられた人の魔力を使って動かせる魔道具なんていうものが使える。これは、魔道具自体の消費魔力量が多いものによく使われているそうだ。
「酒場で使えないか、使ったら誤動作を起こす魔道具はなかったかい?」
「いえ、まだ調理場は任されたことはないですが、心当たりはないです」
幸いなことに、俺が酒場で給仕として働く分には問題なさそうだ。
「そうかい。もし、酒場の仕事が合わなくなったら、またお言い。別の仕事を紹介してあげるよ」
「ああ、そうだ。サニばあさん、これ」
俺は懐から袋を取り出し、サニばあさんの前に置いた。
「ちょうど入ってる。本当に助かりました」
酒場の店主は文字が読める俺に、特別手当を惜しみなく出してくれた。お陰で十日ほどで、サニばあさんから借りた金を返せるだけ貯まったのだ。
「律儀だねぇ。返してくれるんなら、受け取っておくよ」
サニばあさんは顔を綻ばせて、袋の中身を数えもせずに店のカウンターの引き出しの中へ無造作にざらざらと入れた。
この世界での生活基盤が落ち着いた頃、俺は元の世界――日本へ帰る方法を探しはじめた。
真っ先に尋ねたのはサニばあさんだ。サニばあさんくらいしか話せる人がいない。
「あんたの意志でここへ来たんじゃないなら、あんたを喚んだ誰かがいるってことだろう。どうして放って置かれているかは知らないが、その誰かがそのうち、あんたの前に現れるんじゃないかねぇ」
「自力で帰る方法とかは……」
「心当たりすら無いよ」
「そうですか……」
落胆している俺の前に、サニばあさんが熱い茶を置いてくれた。
「こっちへ来たのなら、帰る方法だってきっとあるさ。心当たりはないと言ったが、王城に仕える賢者なら、何か知ってるかもしれない。そこならちょっと伝手があってね、たまに話をする機会があるんだ。その時に聞いておいてあげるよ」
「ありがとうございます」
普段の俺は他人任せを由としないが、こればかりは仕方ない。
安宿を拠点に、朝はサニばあさんのところで魔力や魔法について学び、昼から夜は酒場で働いた。
ひと月もそんな生活をしていると、俺の心身はこちらの世界に順応した。
具体的に言うと、非常に不本意だが、荒事に強くなった。
魔法の中には怪我を瞬時に治すものがあり、扱える人間もそこそこいる。
どんな重傷でも死ななければ後遺症もなく簡単に治ってしまうため、暴力行為自体が大した罪ではない。
よって、酒場にいれば飲み過ぎた連中の殴り合いの喧嘩はしょっちゅう発生するし、街中でも怪我人が治癒魔法使いを探す声はよく聞くし、治療現場にも遭遇する。
俺がこちらの世界に順応したというのは、この血なまぐさい日常を受け入れつつあるという意味だ。
ところで、俺には尋常でない量の魔力があることがわかったので、サニばあさんの厚意で魔法を少しずつ教わった。
その中でも何故か治癒魔法だけは、どうしても使えなかった。
薬屋を営むサニばあさんの扱う商品は、魔伐者という魔物を討伐する人たち向けの、怪我の治療薬が多い。
サニばあさん自身も一番得意な魔法は治癒魔法だ。
そのサニばあさんが様々なアプローチから俺に治癒魔法を教えてくれたのだが、結局一度も発動しなかった。
「それだけの魔力があれば、大抵の魔法は使えるはずなんだがねぇ……。ま、他の魔法は使えるし、あんたは滅法強くて自己治癒力も高い。そうそう必要ないだろう」
根気強いサニばあさんが匙を投げるほどだから、俺には無理なのだろう。
「なんだとてめぇ、もういっぺん言ってみろ!」
「何度でも言ってやる、この――」
今日も今日とて、俺が働いている酒場で喧嘩がはじまりそうになった。
俺は手にしていた料理の乗ったトレイをカウンターへ戻し、今にも殴り合おうとするお客の間に入る。
「うちは喧嘩厳禁です」
魔法を習い始めてから、意図して魔力を放出できるようになった。
俺の魔力による威圧は効果が高く、大抵のお客はこれでピタリと喧嘩を止めてくれる。
「お、おう……」
「わ、わかった」
今日も喧嘩を止めることが出来た。よかった。
「キャー!」
「素敵!」
酒場に場違いな黄色い歓声があがる。
ここ一ヶ月ほど、店の隅のテーブルに複数の女性客が陣取るようになった。
彼女らはどう見ても未成年で、酒は頼まず、果実水と酒場唯一の甘味メニューであるパンケーキだけで、開店から閉店まで居座っている。
酒も飲まずに長居されては売上に関わるかと思いきや、料理の値段をかなり上乗せして支払っているらしく、店主からは「置いとけ」と放置命令が下っている。
団体の女性客というだけでも珍しいのに、彼女らは服装も周囲から浮いていた。
薄手のTシャツに袖のない上着を羽織り、男性ならズボンを、女性ならロングスカートを幅広の紐で腰に留めているのが、俺が見た限り、この世界の一般庶民の服装だ。
団体の女性客は皆、上等そうな生地で出来た色とりどりのワンピースを着込み、手には絹製の手袋をして、常につば広の帽子を被っている。
飲み物や食べ物を口に運ぶ時以外は、口元すらも薄い布で覆っていた。
俺でもわかる。あれは上流階級とか、貴族とかって呼ぶ人たちだ。
そんなお嬢様たちが何故こんなところへ来ているのかはしばらく謎だったが、ある日俺がいつものように酔っ払いの喧嘩を止めていると、先程のような歓声をあげ、目的が判明した。
どうやら、芝居か演劇を観るような感覚で、酒場の喧嘩が止まる様を見に来ている。
何度か店主や俺たち給仕がお嬢さん方に「ここは物騒だし、そういう楽しみ方をするようなところではない」と言い聞かせてみたのだが、特に効果はなく、今日も来ているというわけだ。
「なんだぁ? 酒も飲まねぇ乳臭いガキが何言ってやがる」
普段の喧嘩ならば俺が止めれば酔っ払いは各々テーブルへ一旦戻り、その後こそこそと代金を支払って足早に酒場から立ち去る。
今日の酔っ払いは、仕事か何かで嫌なことでもあったのだろうか。
喧嘩をしかけていた二人のうち、禿頭で大柄な方が、お嬢さん方に絡みに行った。
俺は再び料理をカウンターへ戻し、酔っ払いの前に出た。
「他のお客さんへの迷惑行為も厳禁です」
ここで、お嬢さん方があまり怯えていなかったことに気づけばよかったのだ。
俺はとにかく、この職場を守りたい一心で、手を上げそうな方にだけ睨みを効かせた。
「う、ぐぅ……」
大柄な男は二、三歩後退ってくるりと後ろを向き、そのまま酒場から出て行ってしまった。
「あら、あの方、お代はちゃんと払ったのかしら。ねえ給仕さん、もしまだでしたら、私が立て替えますわ」
「え、はぁ、それは助かりますが」
思わぬ申し出につい返事をし、後ろを振り返ると、女性客の中でもほとんど毎日のようにここにいる一人が、立ち上がって俺を潤んだ瞳で見ていた。
俺はこう見えても、日本に妻と子供がいる。
駆け引きなんぞはろくしなかったが、妻とは恋愛結婚だ。
だから、この女性客が俺に気があると、ひと目で……いや、この時はじめて気づいた。遅すぎた。
彼女らの目当ては、俺だったのだ。
中でも、酔っ払いの代金立て替えを申し出た女性客が一番熱心で、他の女性たちは彼女に奢ってもらうことを条件に、付き合っていたらしい。
俺は一旦深呼吸して、ずっと俺を見上げ続けている女性客にきっぱり告げた。
「ここは危なっかしいところです。今回は偶々俺が間に合いましたが、そうでなければお嬢さん方は怪我をしていたかもしれません。できれば、もっと身分に合ったお店へ行くことをお勧めしますよ」
店に俺がいる限り、目の前で喧嘩は起こさせないが、あえて「偶々」を強調した。
「まあ、それでしたら貴方が私の騎士様になっていただけませんか?」
何が「それでしたら」なのか。
この世界の上流階級のやつは、頭が沸いてるのか?
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