12 賢者さんが一生懸命説明してくれたよ!

 賢者さんの親友が、余命宣告を受けるような病に罹ってしまったこと。

 治療するには、とても複雑な魔法を構築しなければならないこと。

 その魔法の前提条件の一つに、協力者には自身の名前を含めた詳しい話をしてはいけないこと。

「魔法に関して話せるのはここまでだ。次に、俺の話だが……。カナメがいた世界は、地球と呼ばれる星じゃなかったか?」

 オレは頷き、日本の都心近くに住んでいたことや、日本の通貨、常識、食事なんかを話した。

 米の話をすると、賢者さんは目を閉じて天井を仰いだ。

「ああ、白米……。この世界には無いんだよ」

 そういえば、食事は殆ど洋食というか、主食がパンだった。

「魔法でなんとかできないんですか」

「何度かやってみたが、ほぼ毎食食べていたくせに俺は白米について無知過ぎた。どうしても再現できないんだ」

「って、まさか、賢者さん」

「そうだ。俺も日本からこの世界に来た。俺の場合は転生だがな」


 賢者さんは日本で若くして亡くなった後、この世界に転生したそうだ。


「これは詳しく話せる部分なんだが、関係のない部分でもある。それでも聞きたいと……」

「聞きたいです!」

 食い気味に返事すると、賢者さんはまた苦笑いを浮かべた。

「日本での名前は……これも言えないか。大学を出たは良いが就職超氷河期時代ってやつでな。親は健在だったが成人してから頼るのも情けないから、一人暮らしでバイトで食いつないでた」

 耳が痛かった。

 オレ自身、大学へは行くつもりだったが、その後のことなんて全く考えていなかった。

 就職活動がだめなら親父が社長をやっている会社に入れば良い。

 お袋のコネで芸能人になるっていう手もある。

 そんな風に考えていた自分がいかに甘いか、賢者さんの人生を聞いて考えさせられた。

「で、ビルの窓拭きのバイト中に、事故で……。それが日本での最後の記憶だ」

 賢者さんは一旦話を区切り、お茶を一口飲んだ。オレも、言われたことや考えたことを整理するためにお茶を口にした。

 お茶がこの世界でよく飲むような紅茶ではなく、麦茶っぽいのは、賢者さんの記憶から作り出したせいだろうか。

「俺の前世はそんなもんだな。この世界での俺は、物心ついたときには、日本からこの世界に転生し、所謂チート級の魔力を持ってることを自覚していた。無闇に他言するようなものじゃないことも理解していたよ」

 例えばオレが日本にいて、賢者さんみたいな大人が真面目くさった顔で「自分は異世界から転生してきた」なんて言い出しても、中二病か頭がアレな方かな、と本気で受け取らない。

 オレ自身、自分の怪我を魔法で治療してもらってなかったら、ここが異世界だとはすんなり受け入れていなかっただろう。

「俺にとっては、前の世界は前の世界、今の世界は今の世界だ。今の世界で俺は平民の子として生まれ育った。でも、チートのせいだか何だかわからないが、俺の親友になる奴が重い病に罹ることと、それの治療方法を、物心ついたときから知ってたんだ」

「未来が見えた、って感じですか?」

「少し違うな。誰が俺の親友になるのかは、実際にそいつが病気に罹るまで知らなかった。俺の親友が病に罹るって解ってるんだから、親友なんて作らないつもりだった。でも、仲間ってのは親友と同義だったんだよ」

「仲間?」

「魔伐者……の説明は、聞いているか?」

「わかりませんけど、なんとなく意味はわかります。魔物を倒す人ですよね」

「その通りだ。魔物ってのは強いから、大抵は仲間と組んで相手する。俺はこの魔力があるから、最初は一人でやってたんだけどな」

 賢者さんは左手のひらを上に向けて、ぼうっ、と黒い炎を出してみせた。

 炎から熱さは感じないが、触っちゃ拙いということだけはオレにもわかった。

 オレが思わず身を引いていると、賢者さんは「悪い、驚かせた」といって炎を消してくれた。

「ある日、いつものように魔物討伐に出かけたら、あいつらに遭った。魔物にやられかけてたから、思わず助けた。そしたら、そのうちの一人が幼馴染だったんだ。幼馴染も魔伐者になるとは聞いていたが、その仲間はどうにも信用ならない連中に見えた。だから、助けた礼がしたいと言われて『仲間に入れてくれ』って答えたんだ。……ふう、話が長くなってきたな。もっとうまく喋れたらいいんだが」

 賢者さんは恥ずかしそうに指で頬をこりこりと掻いた。

「気にしませんよ。大事な話ですし」

「そう言ってくれると助かるよ。で、だ。俺は幼馴染、つまり親友を助けるべく、時間を操った」

「時間を!?」

「助ける準備がどうしても間に合わないからな。今、俺は同じ時間軸に、四人いることになっている」

「時間軸? 四人? え?」

 理解が及ばなくて混乱してきた。

「理解しなくてもいいさ。俺は俺の都合のいいように動いているし、動くことができるとだけ思ってもらえれば」

「は、はぁ……」

「一人はこことは別の大陸の拠点で親友を治す準備を進めてる。二人目はとある王国の魔道具研究所で働きながら、協力者を探してる。三人目は二人目と似たようなことをしている。そして俺は……この国が異世界から人間を召喚すると知って、賢者のふりして潜り込み、カナメを見つけた」

 賢者さんが四人もいて、それぞれ別々に動いていて……。

「そこまでして助けたい人なんですね、親友さんは」

 オレには親友と呼べる相手はいなかった。

 会社社長と女優の息子だからって理由で、物や金をたかられそうになったり、友人ヅラしておべっか使ってくるやつはたくさんいたが。

 少し羨ましいなと賢者さんの顔を見ると、賢者さんは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。


「助けなくてはいけないと、強く思うんだ。他の人間がどうなろうと知ったこっちゃないのに、あいつだけは」


 賢者さんはそう呟いて、しばらく黙り込んでしまった。


「あの、魔王を倒してきたっていうのは、どうやったんですか」

 沈黙に耐えかねたオレが質問すると、賢者さんはぱっと顔を上げた。

「ああ、すまない。カナメを利用してしまった件だな」

「そんなつもりじゃ」

「事実だ。ただ魔王を倒すだけなら、カナメが召喚されるのを待つ必要はなかった。俺は魔王召喚すら見て見ぬふりをしていたんだ」

「……」

 魔王による被害は甚大だったと、召喚されてから何度も聞いていた。

 街は瓦礫の山になり、大勢の人が死に、国が機能しなくなる。

 戦争よりもひどい有様だ。

 それを放置してでも……。

「何か、理由があるんですよ。賢者さんが親友さんを助けなくちゃいけない理由が」

 賢者さんはチートをもってしても、誰が親友になるのかまではわからなかった。

 だから、理由もわからないだけで、きっとなにか有るはずだ。

 そういうことを、拙い言葉で必死に話した。

「やはりカナメは優しいな」

 賢者さんはそう言って、少し笑顔をみせてくれた。


「魔王はまあまあ強かったよ。俺のローブには防護魔法が掛かっているのだが、あっさり剥がされた。でもまぁ、その程度だ」

「国の軍隊でもどうしようもなかったんですよね。賢者さんめちゃくちゃ強いじゃないですか」

「チート魔力があるからね。でも、国の偉いさん達には『魔王を倒せるだけの魔力は一度きりしか使えない。魔王を倒したら、賢者にも戻れない』って言ってあるんだ。だから俺、実はもう賢者じゃないんだよ」

「どうしてそんな嘘を?」

「カナメを引き取って、クロイツヴァルトから出るためさ。俺の魔力と引き換えに魔王を倒す、褒美としてカナメが欲しい、ってね。……さあ、大体話せたと思うのだが、何か質問はあるかい?」

 オレは少し考えて、質問を口にした。

「今後、具体的に何をすればいいですか?」

「渡した本は全部読んだかい?」

「はい」

「なら、その時がくるまで、この家で健康的に過ごしていて欲しい」

「それだけですか?」

「ああ。まだ全ての準備が整っていないんだ。もしかしたら間に合わないかもしれない。だから長くてもあと半年だ。もし間に合わなくても、カナメのことは元の世界へ、日本へ帰すよ」

「わかりました」

「うん。他にも聞きたいことがあったらいつでも、遠慮なく言ってくれ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらの方だよ。ありがとう、カナメ」


 長くても半年。それがきっと、親友さんの余命なのだろう。

 このときは、意外と短いなと思っただけだった。

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