余命宣告を受けた僕が、異世界の記憶を持つ人達に救われるまで。

桐山じゃろ

第一章 病患うもの

1 余命宣告

「長くて一年、それ未満も覚悟しておいてください」



 魔伐者まばつしゃギルドで請けた仕事の最中、僕は目眩を起こしてぶっ倒れた。


 仕事は、魔物討伐。この世界中にいる人間を襲う獣――魔物を倒すのが魔伐者の仕事内容だ。

 つまり、僕が倒れたのは敵前。

 幸い、今回の討伐対象だったブラックゴブリンの体力は殆ど削ってあったから、仲間が止めを刺してくれて、僕は無事で済んだ。


 いや、無事じゃない。


 仲間の勧め、というか強制的に医者にかかり、様々な検査の後に言われたのが、先程の余命宣告だ。



 病名は、魔力滞留障害症。魔伐者によくある病気で、症状は百人百様。

 数日休めば治る程軽いものから、魔力回復薬を数ヶ月から数年飲み続けて治る場合もあれば、僕のように……。



「悪いが、俺も抜ける」

「なっ、あんたそれでも……!」

「ああ、今まで世話になった。元気でな」

 たった今パーティを抜けたのは、幼なじみの治癒魔法使いだ。

 幼なじみだからこそ解る。奴は、僕の治療法を探すつもりだ。

 それこそ無駄だというのに。

「リイン、貴方それでいいの!?」

 リインというのは僕の名だ。

「いいんだ。ルルスも僕に付き合うことないぞ」

 先程から幼なじみを引き止め、僕の傍についてくれている彼女の名はルルス。華奢な身体にピンクブロンドの美少女は、こう見えても一流の剣士だ。


 僕には他に三人の仲間がいたが、皆、僕の余命宣告の直後に、なんだかんだと理由をつけて去っていった。

 幼なじみとルルスだけが残っていた状況だったのだ。


「ううん、私は……私はずっと、リインについていくわ……」

 ルルスは僕の手をぎゅっと握り、嗚咽を漏らした。




 魔力滞留障害症の症状は様々で、僕のように治療の見込みがなく、日中突然倒れるようなものは珍しい。

 しかし、日常生活は普通に送ることができる。

 魔物の種類や武器、戦い方を選べば、魔伐者としての仕事も問題なくこなせる。


 僕の家は代々魔伐者だ。両親はギルドの仕事の最中に、魔物に殺されている。

 魔物は僕の両親の仇であり、魔伐者以外の生き方は知らない。


 あと一年で死ぬ僕だが、この一年を無為に過ごすつもりはなかった。

 一匹でも多くの魔物を討伐してやる。



 余命宣告を受けて三十日後。僕とルルスは久しぶりに魔伐者ギルドに訪れていた。

 この三十日、何をしていたかというと、弓術の特訓をしていたのだ。

 僕は一応、攻撃魔法も使えるが、魔力量が心もとないため、戦術にはあまり組み込んでこなかった。

 それに、魔力滞留障害症は魔法を使うことで悪化すると言われている。

 ルルスに前衛を任せ、僕は弓での援護を担うことにした。

 これまで前衛は僕や他の仲間の役だったから、ルルスにはより一層負担をかけてしまう。

「平気よ」

「でも、僕一人になってしまったし。やっぱり他のパーティに」

「そうしたら貴方はどうするのよ」

「多少はこれの才能があるって分かったからね。一人でもなんとかなるさ」

 これまでルルスと同じく剣を使っていたが、弓術の習得は自分でも驚くほど早く済んだ。

「一人で討伐中に倒れたらどうするのって聞いているの」

「その時はその時。どうせあと一年未満で死ぬんだ」

「そんな事言わないで。私は私の意思で、貴方についていくって決めたの」

 ルルスは相変わらず、僕の隣にいてくれる。


 ルルスと一緒に、依頼掲示板で丁度良い魔物討伐の仕事が出ていないか探した。

「これは? ブルーコカトリス」

「いいんじゃないかな」

「おいおい、病人が何してんだよ」

 不躾な言葉を投げかけられて振り返ると、かつてのパーティメンバー三人が揃っていた。

 僕とルルスは三人を無視してブルーコカトリスのクエストを掲示板から剥がし、受付へ足を踏み出した。

「無視すんなよ。親切に忠告してやってんのに」

「そうだよ。なあルルス、お前もこっち来いよ」

「薄情者のパーティへ入れって? 真っ平御免だわ」

 ルルスがきつくにらみつけると、三人は怯んだ。

 元いたパーティで一番強かったのはルルスだ。僕と、声を掛けてきた三人が同じくらい。幼なじみは治療魔法使いということもあって、戦闘能力はほぼ皆無だった。

「ちっ……後で入れてくれって言っても、遅いからな」

 三人は捨て台詞を吐いて、どこかへ行ってしまった。

 仕事を請けに来たんじゃなかったのかな。

「何なのよあいつら……。ま、いいわ。早速行きましょう」

「うん」

 僕たちは受付を済ませて、ブルーコカトリスの目撃情報のあった、町の南の森へ向かった。




「そっちいった……えっ、また!?」

「……うん、倒せた」

 コカトリス類の鶏型の魔物は、鳥の姿をしているくせに飛ぶのが苦手だ。

 故に、近接攻撃担当がコカトリスに攻撃を仕掛け、飛び上がったところを魔法や弓で攻撃を当てて体力を削り、地べたに落ちたところを剣で止めを刺すのが定石なのだが……。


 僕が放った矢は、ブルーコカトリスの急所を的確に撃ち抜き、たった一発で倒してしまった。


 しかも、今日遭遇した五匹全てに、だ。


「絶好調ね。今まで弓に触れたことすらなかったって本当?」

 僕が魔伐者の修行を始めたのは、七歳のとき。

 代々、剣を得意としていた家系だったから、僕も自然と剣を取ったし、他の武器には見向きもしなかった。

「本当だよ」

 僕が言い切ると、ルルスは納得いかなそうな顔をした。

「ま、楽勝で倒せたからいっか。剥ぎ取って帰りましょ」

 剥ぎ取る、とは魔物から討伐証明部位を削ぐ作業のことだ。魔物一体につき一つ、或いは規定数しか取れない部位を剥ぎ取ってギルドへ持っていくと、報酬が貰える。

 コカトリス類の討伐証明部位はトサカだ。ブルーコカトリスはトサカが青い。


 トサカを切り取ると、コカトリスの死体は風に溶けるように一瞬で風化して消えた。

 魔物とはそういうものだ。


 さて帰ろうかと立ち上がって、立ちくらみを起こした。

 すぐに身体を起こそうとしたが、目が回って、上手く立てない。

 意識まで遠のいていった。

「リイン!」

 ルルスがこちらに手を伸ばすのが見え、それきり意識を失った。




 気がつけば、ベッドに寝かされていた。

 部屋は真っ暗だが、ここがどこかはよく知っている。

 拠点にしている借家の、僕の部屋だ。

 サイドテーブルには水差しとコップが置いてあり、皿に乗った布巾を取ると、ハムサンドイッチが並んでいた。

 ルルスが僕をここまで運び、用意してくれたのだろう。

 水差しに手を伸ばしかけたところで、話し声に気づいた。

 扉の向こうで、ルルスと、知らない声がこそこそと話している。


「――で、だからまだ使い道があるのよ」

「そうか。――解毒剤を飲ませるか?」

「その必要はないわ。予定通り、あいつの命はあと――」

「そうだな。もうこれ以上待てない」

「焦っちゃ駄目よ。――こそ、慎重にね」


 寝起きでぼんやりした脳を叱咤して、思考を巡らせる。


 使い道、解毒剤、予定通りの誰かの命、これ以上待てない……。

 ルルスと話している男は誰だ? 聞いたことのない声だ。


 一体、何の話を……。


 静寂の後、一人が足音を殺して去っていく気配があり、扉をノックされた。

「リイン、起きてる? 入ってもいい?」

「ああ」

 ルルスが部屋に入ってきた。

 いつもの様子と、何ら変わりはない。


「あら、水もサンドイッチも手を付けてないわね」

「今起きたばかりだからな。それと、食欲がない」

 実際は喉の乾きも空腹もあるが、ルルスが用意したものを、口にしたくなかった。

「そう」

「仕事中に倒れてしまって悪かった。あの後、どうした?」

「貴方をここへ運んでから、依頼完了の処理は済ませたわ」

「重かっただろう」

「全然。私を誰だと思っているの」

 ルルスは細身なのに、ものすごい力持ちだ。僕の一人や二人、軽々と持ち上げてしまう。

 屈託なく笑うルルスだが、今はその笑顔も、親切も、怖い。

「もう少し眠っておくよ」

「ごめんなさい、起きたことが嬉しくて、長居しちゃったわ。ゆっくり休んで」

「そうさせてもらう」

 僕はなんとか笑顔を作ってみせた。




 眠ることなどできず、深夜になった。

 あれからルルスが何度か部屋の扉を叩いたが、眠ったふりをしてやり過ごした。

 部屋にやってくる理由は、明日以降の予定の打ち合わせだろう。

 人の部屋の前であんな会話をした後で、よくも普通に過ごせるものだ。


 振り返ってみれば、パーティで一番、僕を医者に診せたがったのはルルスだ。

 その医者もルルスが「魔力滞留障害症に詳しい」と言って、紹介してくれた。

 僕は医者にかかった後、その医院で一晩過ごした。その間にルルスが僕のパーティの仲間に告げたらしく、僕が拠点へ戻ったときには既に、幼なじみ以外の三人はパーティから抜けていた。

 この間魔伐者ギルドで会った時の彼らは、僕が「どうしようもない状態で、もう魔伐者の仕事はできないお荷物」のように見ていなかったか。

 実際は、皆の助けが必要だが、足を引っ張らないように魔伐者として仕事することもできるのに。


 ぐるぐると思考を巡らせ、僕はある決断をした。

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