第26話 従姉妹と、いつか


  *


 ――そして、今日の仕事が終わるころ……。


「ふう……」


「お疲れ様、蒼生!」


「蒼生、お疲れ様でした!」


「お兄ちゃん、お疲れ様!」


 陽葵と葵結と咲茉が労いの言葉をかけてくれる。


「ああ、お疲れ様」


 俺は笑顔で返す。


「お疲れ様!」


 琴葉さんも笑顔で言ってくる。


「琴葉さんもお疲れ様です」


「うん、ありがとう」


 琴葉さんは、どこか眠たそうな様子だ。


「琴葉ちゃん、大丈夫〜?」


「はい……なんとか……」


「無理しすぎはよくないよ〜! 休めるときは休む!」


「うん……ありがとう……!」


 琴葉さんは一華さんに嬉しそうに笑う。


「ねえ、蒼生〜」


 一華さんが声をかけてくる。


「はい」


「もう少し手伝ってくれる〜? このあと、閉店後の掃除があるんだけど……」


「もちろんですよ」


 俺は即答した。


「ありがと〜! 助かるよ!」


 一華さんは嬉しそうな顔をする。


「わたしたちも手伝いますわ! ねっ、陽葵?」


「うん、もちろん!」


 葵結と陽葵が答える。


「私も手伝う……」


「あたしも……!」


 琴葉さんと咲茉も名乗り出る。


「みんな、ありがとね」


 一華さんは、優しい笑みを浮かべる。


「よしっ、じゃあ、さっさと終わらせちゃおうか〜!」


『おー!』


 こうして、俺たちはカフェ・ワンスレッドの閉店作業を始めるのだった。


  *


「ふう……」


 俺は息をつく。カフェ・ワンスレッドの店内の掃除を終えたところだ。「今度こそ、お疲れ様、みんな」


 一華さんは、優しく笑いかけてくる。


「お姉ちゃん、お疲れー!」


「お疲れ様ー!」


「お疲れ様でした」


「お疲れ……様……でした」


 ほかのみんなも、一華さんに挨拶をする。


「みんなのおかげで早く終わったよ。本当にありがとう」


 一華さんは、みんなのほうを向いてお辞儀をした。


「蒼生、ちょっといい?」


「はい、どうかしましたか?」


「少しだけ話したいことがあるの」「えっ?」


 俺は首を傾げる。


「蒼生、こっちに来て」


 一華さんは、店の裏へと歩き出す。俺は一華さんについていく。


「あの、一華さん、なにか……」


「……蒼生、琴葉のことも、よろしくね」


「えっ?」


 俺は思わず聞き返してしまう。


「琴葉、昨日のことで疲れているみたいだから……」


「あっ……」


 俺は察する。昨日のことを気にしているのだろう。


「はい……」


 俺は返事をして、一華さんを見つめる。


「ふぅ……」


 一華さんは軽くため息をついた後、笑顔になる。


「まあ、こんなこと言わなくても、わかってると思うけどね〜」


「はは……」


 俺も笑って返した。すると、一華さんは真剣な表情に変わる。


「でもね……」


「…………」


「もし、琴葉が危なくなったら、絶対に助けてあげて……」


「…………」


 俺は無言で見つめ返す。


「約束だよ……」


「わかりました」


 俺はしっかりとうなずいた。


「ありがとう……」


 一華さんは安心したように微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ帰ろうか、蒼生」


「はい」


 一華さんは、いつもの明るい笑顔に戻る。


「琴葉さんのこと、ちゃんと守りますから。もちろん、陽葵も、咲茉も、葵結だって……」


 俺はみんなの名前を呼ぶ。


「蒼生……」


「じゃあ、行きましょうか、一華さん」


「うん……」


 俺は一華さんとともに、陽葵たちの待つ場所へ戻ろうとする。


「ねえ、蒼生……」


「はい」


「私は……蒼生を信じてるから……」


「……ありがとうございます」


 俺は一華さんの気持ちを噛み締めながら、お礼を言う。そして、一華さんと一緒に、みんなの元へ戻るのだった。


  *


 ――その日の夜……。


「んっ……?」


 夜中、目が覚めた俺は部屋を出てリビングに向かうことにした。


 喉が渇いていたからだ。


 ――ガチャッ……。


「えっ!?」


 ドアを開けると、そこにはソファに座っている陽葵がいた。


「陽葵? どうしたんだよ? 眠れないのか?」


 俺は声をかける。


「蒼生……?」


 陽葵は振り返ると、こちらを見る。


「陽葵……泣いてるのか……?」


 陽葵の目元は赤く腫れていた。


「ううん、違うよ……」


「じゃあ、どうして……」


「なんでもないよ……」


「陽葵……」


 俺は陽葵に近づく。


「陽葵、こっちおいで」


 俺は陽葵の隣に座った。


「陽葵、大丈夫だよ。心配しなくていい……」


「蒼生……」


「大丈夫……」


「…………」


「大丈夫……」


 俺は何度も同じ言葉を繰り返した。


「蒼生、ごめんなさい……」


「なんで謝るの? 陽葵は悪くないよ」


「…………」


「大丈夫……」


 俺は優しく笑いかける。


「…………」


 しばらく沈黙が続く。


「ねえ、蒼生……」


「なんだ?」


「わたしたちって、なんなんだろうね?」


「えっ?」


 俺は思わず聞き返してしまう。


「わたしたちは……従兄妹同士だけど……家族じゃない……」


「なんで、そんなことを言うんだ……?」


「わたしは、蒼生のことを家族だと認めたくない……!」


 そう言うと、陽葵は泣き出してしまう。


 俺は黙って陽葵を見つめたけど、すぐに口を開いた。


「それは……どういう意味だ?」


「わかんない……! ただ、なんか……そう思ったの!」


「…………」


「わたしが間違ってるかもしれない! でも、もうわかんないの!」


「…………」


 俺は、なにも言えない。


 いったい、陽葵は、なにを言いたいんだ?


「ごめん……」


「えっ?」


「変なこと言って……」


「いや、別に……」


「本当に、ただの気の迷いだと思う……」


「そっか……」


「うん……」


 再び沈黙が流れる。


「あのさ、蒼生……あのときのことを覚えてる? 小学生のときのことだけど、わたしが森で迷子になって……そのときに、蒼生が見つけてくれたよね……?」


「ああ、覚えてるよ」


「あのときは本当に嬉しかったの……!」


「…………」


「蒼生は、ずっと、わたしのヒーローだよ……」


「陽葵……」


「わたしは、あのときの蒼生を知ったとき、家族以上の存在になったような気がした……」


「陽葵、なにを……」


「でも、今はわからない……」


「えっ?」


「蒼生は、なにかしたいことがあるの……?」


「したいこと……?」


 俺は陽葵の質問の意図がわからず、首を傾げるが、なにか答えないといけないと思い、答える。


「俺は、みんなを守りたい」


「みんな……?」


「陽葵も、琴葉さんも、咲茉も、葵結も、一華さんも……全員守りたいって思ってる……」


「そうなんだ……」


「俺は将来、なにかになりたいという思いはないけど、今は家族を守りたいって思う……」


「家族を……」


「だから、そのために強くなりたいとも思っている。俺には、まだまだ足りないものがたくさんあるからな……」


「ふーん……」


 陽葵は考え込むように下を向いてしまう。


 俺は陽葵が、なにを考え込んでいるのかわかっていた。きっと、俺が家族を守ると言ったことに戸惑っているんだろう。


 だから、俺は続ける。


「でも、今はまだ弱い。だから、強くならなくちゃいけないんだ」


「それは、大きすぎる夢だね……」


「そうだな……」


「蒼生は、強いよ……」


「そうかな」


「わたしは、蒼生の強さを知っているから、きっと大丈夫だよ」


「陽葵……」


「蒼生は、優しい……」


「陽葵も優しいよ」


「違うよ……」


「違わない」


「だって、わたしは……自分の気持ちに正直になれない卑怯者だから……」


「それは、まだ考えがまとまってないからじゃないか?」


「そうなのかな? でも、わたしは、その答えを知っている……けど、正直に言うことができないだけ……」


「……そうなんだ」


「わたしは、蒼生みたいに強くないから……」


「それは、どうかな?」


「えっ?」


「だって、俺は今みたいに気持ちを伝えられる陽葵を強いと思ったから」


「……そう、なのかな」


「それに、陽葵は、言うべき答えを知っているけど、それが今じゃないってだけなんじゃない?」


「…………」


「陽葵が、その気持ちを伝えられる日が来ることを祈っているよ」


「……うん、ありがとう」


「じゃあ、部屋に戻って寝るか。明日もあるし……」


 俺は立ち上がると、部屋に戻るためにドアノブに手をかける。すると、陽葵は言った。


「ねえ、蒼生……」


「んっ?」


「いつか、本当の家族になろうね……」


「……ああ」


 俺は陽葵に笑顔で返す。


 リビングにつながる扉を閉じると同時に俺は思った。


 ――いつか、本当の家族になろうね……って、どういう意味だ?


 俺が陽葵の考えを理解できる日は来るのだろうか……。


 その答えは、いつか、わかるのだろうか?


 とりあえず、今は部屋に戻って、寝よう……。


 明日からは、また、陽葵たちを守らなきゃいけないのだから。

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