第20話 従姉妹と、ハーレム


  *


「へぇ……」


 悠人は目を丸くしていた。


「そうだったんですね……」


 知世は納得した様子だった。


「えっと……ふたりとも驚いたりしないのか?」


「まあ、驚きはしたが……」


「はい……」


「そうなんだ……」


「それよりも、蒼生……ひとつだけ訊かせてほしいことがある」


「ん?」


 悠人の目が鋭くなる。


「蒼生は葵結さんと結婚するつもりなのか?」


「するわけないだろう……」


「つまり、今の段階では付き合っていないということか?」


「そうだよ」


「そうですか……」


 なぜか、ほっとした様子を見せる知世。


「あの、蒼生……」


「どうした、葵結?」


「わたしのことが嫌いになったのですか……?」


 銀髪の少女は上目遣いで訊いてくる。


「そんなわけないだろ」


「よかったです……。わたしは蒼生のことが大好きですから」


「……そう……なん、だな」


「はい! ずっと前から好きでした!」


「葵結は俺のことが好き……なんだ」


「はいっ!」


 銀髪の少女は元気よく返事をする。


「…………」


「どうしたのですか、蒼生?」


 葵結が俺の顔を覗き込んでくる。


「いや、なんでもない……」


 俺は慌てて視線を逸らす。


 俺は銀髪の美少女から好意を持たれている事実を知り、嬉しくもあり、同時に困ってしまった。


「しかし、あれだな……葵結さんは蒼生が学校で、どういう存在になっているかを知る必要があるな」


 悠人が言う。


「えっ……? 学校……? どういうことでしょうか……?」


「実は、蒼生は男子生徒の間で嫉妬の対象となっているんだよ」


「えっ……? それは、いったい……?」


「この学校の生徒たちの間では、蒼生には恋人がいるということになっている。その相手は陽葵さんなんだ」


「そ、そうなんですね……」


 銀髪の少女は動揺を隠しきれない様子だ。


「今、陽葵が蒼生と付き合っているということ、ですか?」


「いや、そういうわけではないんだ。俺と陽葵はニセモノの恋人関係になっている」


「ニセモノの恋人関係……?」


「この学校、一糸学院には不良生徒もいるんだ。陽葵は、なにかと不良生徒に狙われているから、俺が守るために、ニセモノだけど恋人同士であることになっている」


「そうなんですね。わかりました……」


 銀髪の少女はこくりと首を縦に振る。


「その、不良生徒に狙われている理由ですけど、たぶん、わたしにも適用されませんか……?」


「なんで、そう思うんだ……?」


「だって、わたし、美少女ですし。陽葵さんが狙われている理由も美少女であることが理由ですよね?」


 銀髪の少女は自信満々に答えた。


「まあ、確かに、そうかもしれないけど……」


「だとしたら、わたしも蒼生と一緒じゃないとダメじゃないですか? わたしもかわいいですし、蒼生と一緒じゃないと危ないと思いますよ」


「うーん……確かに、その通りなんだけど……自分で言ってて恥ずかしくないのか?」


「じゃあ、こうしようぜ」


 悠人が提案する。


「葵結さんも俺たちと一緒に行動するっていうのはどうだ? それなら、蒼生も安心するだろ」


「そうですね……」


 知世は同意する。


「えっ? いいのか?」


「ああ、構わないさ」


 悠人は爽やかな笑みを浮かべる。


「悠人、ありがとう」


 俺は心の底から感謝する。


「ふふん、気にするな」


 悠人は満足げな表情だ。


「でも、それだったら……わたしも蒼生の恋人になっていいんですよね?」


 銀髪の少女は訊いてきた。


「いや、それはダメだろ……」


 俺は即座に否定した。


「どうして、ですか?」


 銀髪の少女は不思議そうに俺を見つめる。


「いや、普通に考えて、おかしいだろ……」


「おかしくありませんよ。蒼生はわたしのことが嫌いになったのですか?」


「いや、そうじゃないけど……」


「だったら、問題ないじゃないですか」


 銀髪の少女は微笑む。


「いや、でも……」


「いいよ」


「陽葵っ!?」


「葵結も一緒に恋人になろう。蒼生のハーレムに入るってことで」


「やったぁ!」


 銀髪の少女は嬉しそうに飛び跳ねていた。


「……ハーレムって、おい。そんな簡単に決めてもいいのか?」


「別にいいんじゃない」


「まあ、おまえがそれでいいと言うんだったらいいか……」


 俺は呆れてしまう。


「それよりも、そろそろ昼休みが終わるぞ」


 悠人が言う。


「おっ……本当だな……じゃあ、いったん解散ということで……」


「わかった」


「承知いたしましたわ」


 こうして、俺たちは教室に戻ることにした。


  *


 教室に戻ると、ざわ、ざわ、と騒がしかった。


「旗山って、やっぱり浮気していたんだな」


「最低だな」


「陽葵さんだけじゃなく、葵結さんとも付き合っていたとは……」


「もう、死ねばいいのに……」


「あいつが生きているだけで俺たちが不幸になる」


「この世から消えればいいのに」


 などと、クラスメイトたちが俺を見ながら囁いていた。


「…………」


 俺は無言で自分の席に戻った。


「…………」


 陽葵は無言で俺の隣の席に座った。


「…………」


 葵結は黙り込んで自分の席に座った。


『…………』


 悠人も知世も同じく、黙って席に座った。


 キーンコーンカーンコーン……。


 午後の授業開始のチャイムが鳴る。


 ガラガラッ……。


 それと同時に、担任教師が教室の中に入ってきた。


「授業を始めるぞー! って、おい……なんだ、この空気は……?」


 担任教師は教卓の前に立った瞬間に怪しげなオーラを感じ取ったようだ。


「なにか、あったのか……?」


 担任教師は不安そうにつぶやく。


「なにもありません。授業をお願いします」


 陽葵は凛とした態度で言う。


「お、おう……」


 担任教師は戸惑いながらも、陽葵の言葉を信じて授業を開始した。


 しかし、授業が始まってからも、クラス内の雰囲気がおかしいことに気づかないはずもなく、


「……なあ、なんか変じゃないか……?」


「いえ、なにもありません」


 陽葵はきっぱりと答える。


「そ、そうか……?」


 担任教師は首を傾げるが、それ以上はなにも言わなかった。


 こうして、午後の授業が終わった。


  *


 放課後になり、俺と陽葵と葵結で生徒会室に向かおうとするが……。


「おい、旗山蒼生……最近、調子に乗っているんじゃねえのか?」


「ちょっと顔貸せよ」


 不良生徒ふたり組が立ち塞がってきた。


「悪いけど、急いでいるから……」


 俺は不良生徒の横を通り過ぎようとするが……。


「待てよっ!」


 不良生徒のひとりに肩を掴まれる。


「痛いな……」


 俺は顔をしかめる。


「俺らは、おまえと話がしたいだけだからよぉ。すぐに済むから屋上に来いよ……」


 不良生徒たちはニヤリと笑う。


「これから生徒会の仕事があるんだ」


 俺は毅然とした態度で言う。


「ああ? なんだよ、その口の利き方はよぉ……? 舐めてんのか?」


 不良生徒は威圧的な態度をとる。


「早く行こうよ……蒼生……」


 陽葵は心配そうな表情を浮かべている。


「ああ、そうだな……」


「ちっ……なに、余裕ぶっているんだ? 俺たちに逆らうとどうなるかわかっているのか?」


「ああ、わかってるさ」


 俺は平然な態度で答えた。


「へぇ~、じゃあ、おまえが今からどうなるのか教えてくれよ」


「ああ、いいぜ……今、おまえたちがやろうとしていることを生徒会に報告するからな」


 俺は不敵な笑みを浮かべる。


「はっ!? な、なに言ってやがる!?」


 不良生徒たちは動揺する。


「だって、俺は一糸学院の風紀委員だから、そういう権限を持っているんだよ」


 俺は堂々と言い放つ。


「ば、バカなことを言うなよ……」


「俺たち、友達だろ……?」


「いや、友達ではないな……」


 俺は首を横に振る。


「ちょうどよかった。風紀委員としての仕事をしたかったからな……」


 俺はポケットの中から携帯電話を取り出す。


「お、おい、まさか……」


「ああ、証拠の音声はちゃんと録音してあるんだ。おまえらが俺に暴力を振るおうとする証拠の音声がな……」


 俺はニヤッと笑いながら携帯電話で録音している画面を不良生徒ふたりに見せる。


「ひ、卑怯だぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


「覚えてやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 不良生徒ふたりは逃げていった。


「ふぅ……」


 俺は安堵の息をつく。


「蒼生、大丈夫だった?」


 陽葵が駆け寄ってくる。


「ああ、問題ない」


 俺は爽やかな笑顔を見せた。


「それにしても、蒼生が、あんな方法を使うなんて……さすがだね」


「まあ、俺も人間だし、たまには本気になることくらいあるさ」


「でも、風紀委員らしかったよ。本当に、かっこよかった」


 陽葵は嬉しそうに微笑む。


「ありがとな」


 俺は陽葵に微笑んだ。


「じゃあ、生徒会室に行こうか」


「うん」


「かっこよかったです、蒼生」


「ありがとう、葵結」


 美少女ふたりに褒められると、ちょっと照れくさい。


 こうして、不良生徒の問題を片づけた俺たちは生徒会室に向かうのだった。

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