1−2
立派を門を抜けると、馬車が用意されていた。そのわきにひとりのスーツ姿の男が立っている。
ダークブロンドの髪を綺麗なオールバックでセットし、上下の紺色のスーツを着て、薄く四角いカバンを片手で持っている。身長は私よりも高く、クラウスと同じほどあるが、体重はその半分もないように見え、四十五歳という年齢にしては病的なほど細い身体つきだった。
彼はクラウスの秘書のサルスで、優秀らしいが神経質な男だった。
「準備はできております」
サルスが一礼をしながら、馬車の扉を開ける。
クラウスが乗り込むのをただながめていたら、サルスの視線がこちらに向けられているのに気付いた。丸眼鏡の奥にある蛇のような細長い眼に、冷たさとわずかな苛立ちが込められている。ふたりの関係は良好ではなかった。戦闘能力の高さだけでクラウスの部下になった私のことを、一方的に嫌っているのだ。
馬車のまわりを見回してから反対側の扉を開け、納刀した鞘を抜き、それを抱えるようにして乗り込む。三人掛けの長椅子の真ん中にクラウス、彼の左右に私とサルスという位置だ。
扉を閉め、私はたずねた。
「どこへ行かれるのですか」
「ペスクだ」
「泊まりで?」
「いや」
クラウスが首をふった。
ペスクは馬車で三時間ほどの場所にあるとなり街だ。取引先の宝石商がいるそこに行くのは反対ではなかったが、時間的な問題があった。
「いま出れば、帰りは夜になっています」
「だからどうした」
「最近は野犬も多く、野盗も増えていると聞きます。向こうで一泊なさっては?」
「そ、それはいけない」
サルスが口をはさんできた。
「きょうはスカーレットお嬢様の御誕生日なのだ」
ああ、それでか。私は心のなかでうなずいた。
スカーレットとは、クラウスの歳の離れたひとり娘で、彼はまだ幼いその少女を溺愛していた。鉄仮面で他人に厳しい男でも、娘が相手ではここまで甘くなるのか、とふたりの関係を見ていつも思っていた。おそらく、このペスク行きも、娘に希少な宝石をねだられたに違いない。
そんなことを考えていると、クラウスが口を開いた。
「今日中に帰る。犬が出れば蹴散らせばいいし、野盗なら斬ればいい」
彼の冷たい眼が、私が抱えている刀に向けられた。
「そのために連れてきたのだ」
すこしの逡巡のあと、うなずいた。
「わかりました」
「出してくれ」
クラウスの号令に、御者が長い鞭を振るってこたえた。
三頭の馬がゆっくりと歩きだし、それから徐々に速度を上げていく。次第に大きくなっていく振動を感じながら、流れていく街の景色を窓からながめていた。
問題が起きたのは、人気のない林道を駆けていたときだった。
大きな衝撃のあと、馬車が止まった。御者が手綱を引き、急停止したのだ。
「ど、どうしたのだ」
慌てたようにサルスが叫ぶ。クラウスはまゆひとつ動かしていない。ただゆっくりと眼を開いただけだ。
「あ、あれを」
こちらに振り向いた御者が前方を指さした。その人さし指のさきに、林に身を潜め、待ち伏せしていたのだろう、五つの人影があった。
「野盗か」
「おそらく」
クラウスのつぶやきに、私はうなずいた。
「出番だ。仕留めてこい」
「わかりました」
感情のない命令にうなずき、馬車をおりた。
歩きながら刀を帯に差す。左の腰に生まれた重さを感じながら、五人の観察をした。夏の暑い陽射しのした、頭からポンチョのようなものをかぶり、手にはそれぞれ武器を持っている。大型のナイフ。手斧。そのなかのひとり、刃渡りの短い剣、ショートソードを構えている男がいた。ただのごろつきの集団かと思っていたが、その男だけ、気配が違う。おそらく、正規の訓練をうけた兵士かなにかだろう。足を止めずに、鞘に左手を添え、親指を鍔に当てた。
この平和な時代、戦うことしかできない人間は、その能力を発揮できず、人の道を踏み外すことがある。私も一歩間違えていれば、そうなっていたかもしれない。そういう意味で、私と彼は同じなのかもしれない。ただ、進む道を間違えただけの。
五人の前まできて、足を止めた。
「なんだ、おまえ」
「女か?」
一番近くにいた男がこちらに踏みだした瞬間、鯉口を切った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます