第34話 抗う人々 ~いつつめ~
「きゃああぁーっ!」
「やめろっ! このっ!」
女性に襲いかかる破落戸を引き剥がそうと、必死な男性。
それに手を貸しながら、王都の兵士達は、いきなり阿鼻叫喚の坩堝となった街を驚愕の眼で見渡した。
「何が起きて.....?」
「わからん.....っ、わからんが、行くぞっ!!」
似たようなことが突然そこいらじゅうで勃発し、治安警備の兵士達も度肝を抜かれる。
だが彼らは兵士だ。王宮から一井の安全を任された人間だ。これに狼狽え、二の足を踏んでいる暇はない。
そう己を励まし、彼らは従容として職務を全うすべく動き出す。
「うわぁ、まてっ! はな.....っ! ぎゃーっ!!」
「ひいいいぃぃーっ!!」
闇に魅入られた者の振り回す斧が、逃げ惑う老人の頭に食い込んだ。
容易く割れる頭。そこに飛び散る夥しい血飛沫を見て、周囲の人々が悲鳴をあげる。
あちらこちらで似たような騒動が頻発し、王都はパニック状態。
各区域の兵士が対応するも、興奮してアドレナリン全開な闇の暴徒には無意味だった。
刺せど切れど、彼らはニタリと不気味な笑みを湛え、それぞれ手にした得物で兵士や民に襲いかかる。
その動きは緩慢だ。避けるのも難しくはないが、如何せん数が多い。
しかも捕まったが最後、腕を切り落としでもしないと離せないのだ。
.....なんだ、この化け物じみた力はっ!
闇に染まり、全身のリミッターを外された状態の暴徒である。姿形が女性や子供であっても油断は出来ない。
なるべく捕縛を心がけている兵士だが、ここまで来ては手加減不可能。
「......くそおぉぉぉっ!」
一人の兵士が渾身の力で暴徒の一人に切りかかった。これまで、人に武器を振るったことなどない人間だ。
酷く葛藤しつつも、この暴徒を止めるには殺すしかないと覚悟する。
彼の名はミゲロ。兵士になって二年の新米。
王都警備を担ってから、酔っぱらいや喧嘩の仲裁、軽犯罪の取り締まりなど、面倒ではあるものの比較的平穏な仕事ばかりをしていた。
なのに、ここに来て前代未聞な大惨事。
殺人狂かと見まごうばかりな暴徒が、あちらこちらで暴れまわり、民らを害してゆく。
......殺るしかねぇ、殺るしかねぇっ! このままじゃ、こちらが殺されるんだっ!!
悲壮な覚悟で振られるミゲロの剣。
だが、彼の脳裏に浮かぶこれまでの日々が、その剣の切っ先を鈍らせた。
目の前で嗤う暴徒は、前に彼が捕縛したことのある左官だったから。
『呑みすぎなんだよ、まったくっ!』
『面目ねぇ...... まさか、テーブル壊しちまうとは......』
暴れてミゲロに捕縛された翌朝、留置所の中でしょげた顔をする左官。
彼の脳裏には、多くの民との思い出がそぞろ浮かぶ。
それが目の前の暴徒の姿と重なり、ミゲロは沈痛な面持ちで顔を歪めた。
「どうして......っ?!」
その一瞬の躊躇いが命取り。闇の暴徒は、容赦なく斧を振りかぶり、ミゲロの頭を狙う。
「......民を害する者は排除」
どこからともなく聞こえた低い声。
それにハっと眼を見開き、ミゲロは目の前に迫り来る白刃に背筋を凍らせた。
しかしその白刃はミゲロに届かず、次の瞬間、どおんっと起きた大音響と共に吹っ飛んでいく。
疾風のごとき暴風に吹き飛ばされて、壁にめり込む闇の暴徒。
ぴくりとも動かなくなったソレを横目で見やり、ミゲロのこめかみを冷や汗が伝った。
「う~ん? やりすぎたか? まあ、死んではいないだろう」
ぶつぶつ呟きつつ、吹っ飛んだ暴徒の反対側から見知らぬ男性が現れる。
シルクハットに黒の燕尾服。如何にも御貴族様という出で立ちの男性を見て、ミゲロは条件反射のように傅いた。
「あ~、そういうの良いから。とりあえず、犯人の捕縛を。そして民に声がけして、皆を神殿に避難させてね?」
「神殿に.....? まさかっ!」
「そう。禍だよ。闇の胎動が始まったんだ。気をしっかり持ってね? 絶対、民を救う。それだけを考えて?」
白髪の混じる貴族男性は、モノクルの位置をなおしながらミゲロを一瞥する。
その真摯な眼差しに息を呑み、ミゲロは大きく頷くと、ぐったり気絶した暴徒を縄で縛り上げた。
「今、王都中の貴族が暴徒鎮圧に動いている。王国軍や騎士団は、禍から国境を死守中だ。だから、代わりに我々がね。......生き残れよ? 民を守りたいなら、絶対に死ぬな。たとえ、相手を殺してでもね」
ぎらりと一閃する酷薄な光。初めて貴族という生き物を見たミゲロは、彼らが暴徒を鎮圧してくれているという事実が信じられなかった。
「御貴族様が...... 平民のために? どうして?」
不敬だ。そう思ったミゲロだが、思わず尋ねずにおれない。
平民から見た貴族など、重税を搾り取り、下劣と虐げ、民を人間とは考えていない生き物だ。
それは間違いではない。そういった貴族も多い。......しかし、平民にだって悪い奴もいれば、良い奴もいる。貴族だって同じなのだ。
不敬にも取られかねないミゲロの発言にほくそ笑み、紳士は軽く笑い飛ばした。
「こんな火事場で? 平民だの貴族だの関係あるのかい? それとも平民は、誰かを助けるのに理由を必要とするのかな?」
......そんなわけない。
紳士の言葉を耳にして、ミゲロは馬鹿げた己の問いを恥じる。
「私は貴族だ。純然たる特権階級だ。そして、王国に仕える選民だ。ならば、王国の窮地に馳せ参じねば、その矜持が廃るだろう?」
にっと悪戯っぽく笑う紳士につられ、ミゲロもぎこちなく笑った。
「さあさ、そんな御託は後からで良い。今のように、多くの暴徒を貴族が鎮圧しているはずだ。彼らを死なせたくなかったら、とっと捕縛してしまいなさい」
魔力と魔法を操る貴族達。
大した魔法でもないので、暴徒を昏倒させるのが関の山だが、アドレナリン全開で痛みを物ともしない化け物らには丁度良い力である。
「はいっ!」
力強い援軍の存在を知り、顔を輝かせてミゲロは駆け出していく。
それを見送り、紳士は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「若いねぇ....... 貴族が、そんな甘いことで動くはずないじゃないか」
紳士の名はロベルト・ラ・ロベルタ。遠方に領地を持つ前子爵で、今は引退した御隠居様だ。王都に住み、妻とまったり、のんびりしていた。
なのに、降って湧いた、大災難。
それを知った王都にいる貴族達は、一斉に己の領地を案じる。内と外と攻撃されたら一溜まりもない。
ロベルトとて同じだ。その領地には、現子爵となった息子夫婦と孫がいる。
過去の歴史を知る彼らは、男爵夫人や伯爵夫妻の話を瞬時に理解した。闇の暴動が火を噴いたなら、あっという間に王国は焼け野原。
少しでも奴等の勢いを削ぐため、貴族達は立ち上がったのだ。
我々が内を鎮圧すれば、本職の騎士らの手が空く。そうすれば、今王都へと押し寄せている暴徒を返り討ちに出来る。
.....それだけのこと。決して、民を守るとかの善意じゃない。どの貴族も、自分の領地のために奔走しているのさ。
「さあてと。私も行くかな。.....じぃじは頑張るからね?」
遥けき領地で震えているだろう孫を思い出しつつ、紳士は赫々と焔のあがる街に駆け出した。
悪びれた思考で自嘲していた彼だが、それが世界を救うことを知らない。
我欲だって集まれば力だ。人間の身体が数多な細胞で出来ているように、国は数多の領地で出来ている。それぞれが正しく守られることによって、王国の平和が保たれた。
真の欲張りは世界を救う。
人間、万事塞翁が馬。
身勝手な我欲が、この国を守る結末を、遥か高みの者らだけが知っている。
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