第55話「Unrest《不穏》」


 カオルさんが復活して少しした頃、熊二ゆうじのバカに二人を見られた事を喜多にメールしておこうとガラケーを手に取ると、一足早く喜多からメールが届いてた。


 その文面を読み、驚き、苦悩しながら仕事を続けた。



 やはりカオルさんは普通の状態じゃなかった様だ。無理していたんだろう。


 あの後なんとか全てのパンを売り切って閉店作業を始めた直後、カオルさんがふらりとバランスを崩した。


「カオルさん!」


 幸いすぐそばに私がいた。抱くように腰に腕を回し、なんとかどこにもぶつける事なく支えることができた。


「ママ大丈夫!?」

「――あ、ごめんなさい、大丈夫です」


 カオルさんはそう言うが、これはダメだ。

 紙のように白い顔、心因性の貧血……みたいな、そんなものがあるのかは知らないが、今日の仕事が終わって気が抜けたんだろう。


 カオルさんにとって仕事をするって事は、野々花さんを守るって事だ。よほど気張ってたんだろう。


 本当に頭が下がる。強い女性ひとだ――


「カオルさんに野々花さん。むさ苦しいとこですけど、休んでって下さい」


 少し沈黙が流れたが……女性の従業員を部屋に誘ったんだ、それくらいは想定内。

 もある。


 ここは無理にでもウチへ来てもらわなければならない。


「野々花さん、バックヤードに二階の鍵があるから先に上がってエアコン入れておいて下さい」

「え、あ――はい!」


 僅かに視線を彷徨わせたが、やはりそんな場合じゃないと野々花さんはしっかりと返事をし勢いよく動き出した。


 裏口から出てかんかんと階段を駆ける野々花さんの足音を聞きながら、カオルさんを抱え上げる。

 業務用の小麦粉ふたつ分、私にとって何ほどのこともない。


 ただ、私の前腕部にカオルさんを座らせるカタチだ。早く連れていかなきゃ私が茹で上がって使い物にならなくなっちまうな。


「ごめんなさい店長……少し休めば、大丈夫、だから」


 そうは言うが、こてん、と力なく私の頭に自分の頭を乗せるカオルさんが平気そうには思えない。

 抱えたままで外階段を登って二階へお連れする。

 甲斐甲斐しく野々花さんがカオルさんの靴を脱がせてくれ、真ん中の六畳間に優しく下ろして言った。


「無理に起きてなくて良いですから。楽な姿勢でいて下さい」


 店の戸締まりだけ済ませて来ますと伝え、野々花さんにカオルさんを任せて再び下へ戻ってガラケーを手にした。


「喜多、さっきのメールはどういうことだ?」

『そのままだよ。熊二ゆうじが不穏な動きなんだ』


 喜多のメールは――カオルちゃん達を帰すんじゃねえ、帰すんなら送ってそのまま家に上がって一緒にいろ――だ。

 前者も難しいが後者は有り得ねえだろう。


『何人か集めて何事かやってる。恐らくアイツは今夜動く、気ぃ引き締めとけゲンちゃん。またメールする』


 それだけ言って切れちまった……


 今夜動く? どういう意味だ?

 今夜……昼間にカオルさんと野々花さんを目にして『また来る』なんて言った熊二が、今夜。


 これはちょっと、ただ事じゃないな。

 ぱたんとガラケーを閉じ、少し思案し、ミルクとジャスミンティーを手にして二階へ戻った。


「何か水分だけでも摂りましょう。あいにくミルクかジャスミンティーしかないんですが、温めるくらいならどちらもできますが」


 野々花さんの膝枕で横になっていたカオルさんがゆっくり起き上がって言った。


「じゃあ……ホットのジャスミンティーを。ほんとにごめんなさい店長」

「なに言ってるんですか。もうごめんなさいは禁止です。は全然平気ですから」


 野々花さんも同じもの、って事で三人分をレンジで温めようと思ったんだが、残念ながら二杯分しか無かったから私はホットミルクにした。

 たまに飲むと旨いよなコレも。

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