第42話「Hold《保留》」


「なんだよありゃあ。ゲンゾウ、迷惑メール送ってくんなよ」


 時刻は十七時を少し回ったところ。本日も無事完売だ。

 閉店作業を進めていたところに、野々花さんと連れ立って戻ってきた喜多の第一声がそれだ。


 迷惑メールとは失礼な。私はちゃんと伝わる様に送ったぞ。


 それを無視して視線で喜多を制し、野々花さんへ話題を振る。


「喜多のやつ図書館で寝てなかった?」

「寝てましたよ。ヨダレ垂らして」

「ちょ、バカ、野々、黙ってりゃ分かんねえっての」


 ちゃんとゾ□リはワキによけて寝たんだから良いじゃねえか、なんてぶつぶつ言ってるがそれも無視。


「カオルさんはいま着替えてるよ。もう出てくると思――」

「おかえり野々花。ちゃんと勉強できた?」


 私服姿に着替えたカオルさんが出てきた。カオルさんはいつも通りにズボン――最近はパンツって言うのかな――、たまにはスカート姿も見てみたいが、スラっとしたカオルさんにはズボンも良く似合ってる。


「ちゃんと出来たよ。さ、ら、に――コレ借りちゃった」


 ごそごそと鞄から取り出したのはハードカバーの本。


「あ、良い本だよ、それ。も昔読んだ」


 野々花さんの手には『パンの科学』という本。確か私も……野々花さんと同じ小四くらいで読んだんだったかな。はっきり言って小学生には難しいけど、雰囲気だけで読んだ私にも良い本だった。


「読書感想文もこれでバッチリ」


 抜け目ない。さすがカオルさんの娘だけある。




 すでに私服姿だが、カオルさんに二つコーヒーを淹れて貰ってから二人を見送った。

 イートインに喜多と腰掛け、あのについて説明する。


「――ちょっと待てゲンちゃん」

「おう、待つ」


 美横に似た男が来店した件。男が言った内容をだいたい洗いざらい喜多に伝えると、喜多が目蓋の裏を見詰めるようにして思案顔。


「いくつか確認したい」

「おう」


「まず、美横本人ではなかったんだな?」

「間違いない」


 頷く私に喜多も頷く。

 喜多に渡された美横の写真は燃やして捨てたが、ちゃんと自慢の指でなぞって記憶したからな。


「知り合いに会いに……しばらくこの街にいる、っつったんだな?」

「あぁ」


あんまり金もない、と」

「そうだ」


 喜多は上の空で少しコーヒーを啜って思いのほか熱かったらしく、アチッと呟いたが再び思案顔に戻った。


 数分間、私がコーヒーを啜る音だけが店内に響く。


 喜多はゆっくりと、捻っていた首を元に戻して言った。


「よし……なんとなく……繋がってきたぞ」

「いけそうか?」

「まだ分かんねえけどな」


 ちらりと壁の時計を見遣った喜多が続ける。


「木曜の五時半か……今週の残りはこっちには来れそうにない。平気かゲンちゃん?」

「あぁ、こっちは平気だ。そっちを任せる」


 普段の――表の顔の喜多はだが、裏の顔の喜多は鋭い。

 私にはどことどこが繋がったのかさっぱりだが、喜多に任せておくしかないし、喜多に任せておくのが一番なのは間違いない。


「ゲンゾウ、日曜深夜の件も一旦保留だ」

「……ん? そこも繋がるのか?」


「可能性の話だが、充分にあり得る。メールするからガラケーちゃんとチェックしろよ」

「おう、分かった」


 依頼元は隣県のヤクザだったな。

 そうか、ははーん…………


 ……冗談だ、私にはさっぱり分からん。

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