第40話「Flirtatious《チャラい》」

 三十ほどの、どこかで見たようなチャラけた雰囲気の男。

 タレ目にやや長いボサっとした髪、まさに蓬髪ってヤツだが不思議とこれがオシャレなんだろうな。


「いらっしゃいませ」

 特に私の声に反応はない。常連ならともかくこれは大抵どのお客もそうだ。


 蓬髪の男はくるりとパンの棚をひと回りし、ん? と首を捻ってもうひと回り。

 その回る姿が少しひょうげた感じでちょっと面白い。


「ねぇおっさん、サンドイッチとかないの?」

「あぁ、すみません。ウチには置いてないんですよ。少し行った千地球って喫茶店で――」


「じゃカレーパンは?」

「ごめんなさい、それも作ってないんです」


 少し驚いた顔で男が続ける。


「売り切れたんじゃなくて作ってないの? なんで?」

「いや、なんでって言われても……手間だからとしか……」


 正直に言ってしまって少し後悔した。

 もっとこう、本格パンの店だから、だとかみても良かったか?


「手間って! そんなんで商売出来んのかよおっさん! 客も全然居ねえしよぉ!」


 うん、まぁ、確かに一理ある。今お客はこの男だけだしな。


「お陰さまでなんとかやってけてますよ」


 私なりのにっこり笑顔で言ってみれば、毒気を抜かれたのか男はため息と共に再びパンの物色を始めた。

 そしてトングで取り上げたのは一つのパン。


 ソーセージパンかポテマヨ辺りの惣菜パンに手を伸ばすかと思ったが、男が取り上げたのはベーコンエピ。良い趣味してる。


 いや決してポテマヨパンたちだって悪いわけじゃない。ただ私がエピ好きってだけだ。


「じゃあもうこれで良いや」


 男からトレイを受け取りレジをこなす。


「毎度ありがとうございます」

「へっ、毎度なんて来てねえよ。あ、ここで食ってっても良いの?」


 男がイートインを指差して言う。


「構いませんよ。いてますから」

「おっさん、強がんなって」


 いやホントにさっきまでめちゃくちゃ忙しかったんだってば、なんて言ったところで信じないんだろうな。


「コーヒーでも淹れましょうか?」


 ちらりとメニューで料金を確認した男が言う。

「あー……今あんま金持ってないんだ」


「初回来店のサービスって事にしますよ」

「なら遠慮なく」


 カオルさんの薄くて美味しいコーヒーでなくてすまんな。

 コーヒーを淹れながら視界の端っこで男を見遣る。うーん、どこかで見た様な……いや、違うな、誰かに似てるんだ。

 もし本人なら少々人相が変わろうが私には分かる。目もなかなか良いから。


「どうぞごゆっくり。と言っても忙しくなる前までですけど」

「また強がってら」


 にこりと微笑んだつもりの私は振り向きカウンターへ戻る。

 至近で話して確信した。これはマズい。マズい気がする。いや、間違いなくマズい。


 カオルさんの元旦那、美横みよこ 熊一ゆういちによく似てるんだ。

 当然本人ではない。喜多に見せられた写真よりもややタレ目がち、ほんの少しだがな。


 ……加齢によるタレ目、なんてことは……いや、ないな。まだ若い、四年かそこらでそんな変わらんだろう。

 それに、喜多を信じれば美横は死んだはずだ。


 ヤクザから喜多に問い合わせがあったらしいが、実際に美横が死んでいるのかどうか、この男が親戚かなにかかどうか、そんな事はぶっちゃけどうでも良い。

 私は隣県のヤクザの組の名前さえ知らないんだ。


 しかしカオルさんはそんな事ないだろう。

 この男を目にしただけで昔を思い出して怯えることになるだろう。


 ちらりと時計を見る。カオルさんが戻るまでせいぜい二〇分。

 会わせる訳にはいかないが……慌てて追い出すのも違う。どうするか……


「おっさん! 旨いなコレ! なんつったっけ? この硬いパン」

「ベーコンエピですよ」


「エピ……? エピってなに?」

「麦の穂って意味です。フランス語で」


「フランス語? ベーコンは英語なんじゃねぇの? 変なの」


 ……言われてみれば変だ。疑問に思った事もなかった……


 って違う違う。感心させられてる場合じゃないんだ。

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