第29話「Rock《岩》」

 喜多の奴はチャラい中にも真面目さが窺える様な、そんな爽やかな二枚目だ。実際のとこはあんなキャラだけどな。


 対して美横みよこはと言うと、全力でチャラい。


 今のカオルさんのイメージには全く合わないが、野々花さんが十歳なのを考えればハタチほどで結婚したことになる、今とはまた違うイメージだったんだろう。


 対して私。

 自分の認識では二目とか三目とか、そういうイメージではなく


 がっしりした体にゴツゴツした顔面。線の細い二人とは真逆だ……


「店長〜」

「……え? なに凛子ちゃん、呼んだ?」


 しまった、仕事中だった。


「さっきから手ぇ止まってますよ、良いんすか?」


 ちらりと時計を見ると十時半。日曜の昼ピークは平日に比べると少し前後する。ぼんやりしている場合じゃない。


「ありがとう。助かったよ」

「なら良かったっす。そんで店長」


「なに?」

「ここんとこあの男前こないっすね」


 男前……? お客か?

 誰のことだか分からないが、凛子ちゃんもやっぱり二枚目がお好みか。


「だれのこと?」

「あの、ほら、キタとかいう店長のツレの」


 ちっ、喜多はどこ行っても二枚目だとかハンサムだとか男前だとか。忌々しい奴だ。


「あぁ、平日にはちょこちょこ顔を見せるんだよ。昨日も来てウチで呑んだから……まだ私の部屋で寝てるんじゃないかな」


 天井のそのまた上、二階の部屋を指差しながらそう言った。


「え! そうなんすか!? 店長んちのカギ貸してくださいすぐ戻るっすから!」

「なに言ってんの貸さないよ」


 ちぇー、なんて言いながら凛子ちゃんがパチンと指を鳴らす。私の部屋に入って一体なにをどうしたいのか、興味が湧いた。


「部屋入ってなにするつもり?」

「なんもしねぇっす。ただ男前の寝顔を見るだけっす」


「……? それ、楽しいの?」

「なに言ってんすか! 楽しいに決まってるっしょ!」


 そ、そういうものか。そりゃまぁ、私だってカオルさんの寝顔が見れるならば楽しいに決まってるな。


「凛子ちゃんもしかして、喜多が好きなのか?」

「ん? いや全然、ちっともっす」


 ……目が点になっちまうな、凛子ちゃんと話してると。


「男前は見るだけが良いんす。花みたいなもんすよ。花屋の綺麗な花っす」


 ……なるほど、深い気がする。


「なら凛子ちゃんは、その花屋さんでどんなの買う派?」


「オレの部屋に置いとくんならサボテンとか多肉植物が良いっす。男前じゃなくて良いんで、でこぼこでゴツゴツした、強そうなみたいなんが」


 ………………


 ――え? ちょ――、まっ……


 いや違う違う。岩ってのは私の私による自己評価な訳であって凛子ちゃんのはまた何か別の比喩表現とかなんかそうい――


「店長みたいな岩っぽいのがタイプっす」


 ……さすがにそんなことはないだろう。

 凛子ちゃんは二十五歳、私はもうすぐ四十歳。どこからどう見ても美人のお嬢さま(ふう)な凛子ちゃんが岩みたいな私を……


「タイプ、なんて言ったっすけど、結構真剣に好きっす。また、返事――下さい――っす」


 頬を赤くしてそう言い切った凛子ちゃんは背を向けてカウンター業務に戻っていった。


 いや、もう喜多なんて目じゃない。

 ……凛子ちゃんこそ男前だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る