第23話「Napolitan《ナポリタン》」

 喫茶・千地球は純喫茶じゃあない。

 居酒屋の様に何杯も飲むところじゃあないが、ビールやワインを飲むことができる。


「あら雁野さん。久しぶりに飲みたい気分なのね?」

「ええ、ちょっとだけ」


 行きつけの定食屋は逆に純定食屋。酒の提供はない。

 だからごく稀に、私は千地球で夕食をとる。ちょっとお酒を飲みたい気分の夜に。


「最初はいつもので良い?」

「はい」

「じゃとりあえずビールとソーセージね」


 半分ほどの客席が埋まっているが、私はいつも通りにカウンター席に座る。口髭が似合うマスターが手を上げ、お疲れ源造くん、と労ってくれる。


 速やかにサーブされるハイネケン。

 そしてそう間を空けずにソーセージ。


 千地球のこの組み合わせは本当に美味い。

 炙られたやや大ぶりなソーセージは本場ドイツっぽく作られた国産の市販品。そしてハイネケンはドイツでなくオランダ産だ。


 けれどめちゃくちゃ合うんだ、これが。

 パリッと噛んだソーセージ、口の中の油をハイネケンで流す。うん、たまらん。


「ママ、ナポリタン下さい」

「はーい、毎度あり〜」


「それでママ、ちょっと教えて欲しいんですけど」


 私のケータイがぱかぱか開くガラケーな事を伝え、メールにあった意味の分からない⬜︎について教えを乞う。


「あぁ、絵文字が文字化けしたのね、きっと。あるのよスマホとガラケーだと」


 絵文字が文字化け……。もしやあの⬜︎、ハートマークとか……


 ママのスマホにメールを転送すれば⬜︎がどんな絵文字か分かると言われたが、私とカオルさんだけが知りるメールの内容をママに転送するのは何か違うと考え断った。


 メールってのは手紙みたいなもんだ。した事ないが、文通みたいな感じで、二人だけの秘密っぽくて良くないか?


 なんとなく察してくれたママは頷いて、「本人に聞けば話題も広がるんじゃない?」なんてけらけら笑って言った。


 うん、そうしよう。それが良い。


 ケータイを開き、慣れないメールを送ってみる。


『お疲れ様でした。こちらこそ明日もよろしくお願いします。ところで文字バケとかいうので絵文字が四角』


 あ、しまった。途中で送ってしまった。


「ナポリタンお待たせ〜」


 再び続きを送ろうと考えた矢先のナポリタン。見上げるとマスターと視線が合う。


 フォークを取ってひと口ふた口と食べ――うん、相変わらず旨い――立てた親指でいつもの様にマスターへサインを送る。


 さてメールの続きを、とケータイを手に取るとひと足早く振動した。


『あ! ガラケーだから! これならいけるかな? お疲れ様です(^o^)/』

『今度は見れました。こんなのもあるんですね。また使い方おしえて下さい。おやすみなさい』


 ⬜︎がどんな絵文字だったのか、もっとやり取りを続けたいが、不慣れで返信するのに時間が掛かるしもう夜も遅い。ここで『おやすみ』が正解だろう。


 パタン、とガラケーを閉じてフォークに手を伸ばすと視線を感じた。両サイドから。

 見ればカウンター席の両隣、それぞれママとマスターが座って私の顔を見詰めていた。


「な――なんです二人して?」


「いやぁ、楽しそうだなぁ雁野さん、って。ねぇ」

「恋は良い。まだ若いんだ。もっとときめけ源造くん」


 これはやはり恋なのか? 薄々そうじゃないかと思っていたが初めての事でよく分からない。

 ……けれどマスター、私は言うほど若くない。もうすぐ四十なんだから。

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