第21話「Prototype《試作品》」

 午前中だけのんびり休んだ定休日の月曜日。

 午後から店に出て仕込みに励んでいたら、Closeの札を無視した喜多がやって来て言った。


「ゲンちゃんわりい、しばらく無いっつったけどひとつ依頼が来てんだわ」


「いつだ?」

「それも悪い、まだ決まってねぇんだ」


 こいつにしては珍しいな。曖昧な情報を現場担当に投げるタイプじゃないんだが。


「……いや分かってるよ、らしくないのはさ。ただちょっとな、こないだまでバタバタしてたからか今ちょっと上手く行かねえんだよ」


 暇になった、なんて言い出す前の忙しそうにしてた頃のことか。


「もうちょい依頼の裏取りしときてえんだが、ちょっと俺らの手が足りねえ。ホントは蹴っちまっても良いんだが……」


 喜多が珍しく弱ってやがる。

 そんな事で野々花さんとの約束守れるのか?

 けどまぁ長い付き合いだ、たまには頼ってくれても良いんだがな。


「良いさ。オマエの言う通りに動いてやる。気にするな」

「恩に着るぜ。やっぱ持つべきものは――……ゲンちゃん、だよなぁ」


 あぁ、そうだ。私たちは友達ってガラじゃないよな。


「へへっ――そんでコレなんだよ? 見たことねえな」


 少し笑った喜多が、私の作業中の調理台を指差して言った。


「あ? あぁ、新作パンの……試作品だ」

「新作パンだとぉ!? お――おぃ、食ってみても良いか?」

「良いぞ」


 それで良いなら何個でも食え。なんつってもイマイチだからな。


「よっしゃ!」


 大体直径八センチ、高さ二センチ。平べったい円筒状のクロワッサン。中にはたっぷりのカスタードクリームだ。


 つまみ上げてあんぐり大きく開いた口で喜多が半分ほど一気に齧り付いた。

 サクッと小気味良い音を立て、あむあむと咀嚼する。


「ん――んん、まぁ、不味くはねえが……」


 『美味くもねえ』、だろ?


「……美味くもねえ。さらに目新しさもねえ」


 ほら見ろ当たっ――おい、もっと酷評じゃねえか。


「パンじゃねえけどコンビニスイーツでこんなん見た事あるが、根本的にパン食ってる気がしねえよコレは」

「だよなぁ、私もそう思った」


 ただでさえカロリーの高いクロワッサンだから生クリームをめてカスタードにしたんだが、それでも重たすぎるよな。


「まぁまだ試作品だ。これから磨いていくさ」

「おぅ、完成したらまた食わせてくれよな」


 甘くなっちまっただろう喜多の口の為に、これまた美味くもなくて悪いが私流のコーヒーを淹れてやった。


「仕事の件はまた来て話すが、たまにはケータイも見ろよゲンちゃん。ずいぶん前に買ってやっただろ?」


 そう言い残して喜多がロケットベーカリーを後にした。

 悪いな、ほとんど使わないから二階の部屋で充電器に挿しっぱなしだ。それでも週に一回くらいは見てんだ、充分だろ。


 野々花さんの体験パン屋さんのイメトレ、新作パン、実は『また来たい』と言ったタカオくん、さらには喜多の依頼。


 この夏は思ったよりも忙しくなりそうだ、なんて一人で仕込みを続けながら考える。

 けれど、どうせ私に出来ることはたかが知れてる。黙ってパンを焼くのみ――


 あ、しまった。

 せっかく喜多が来てたんだから体験パン屋さんの相談すれば良かったな。


 パンを焼く量とタイミング、これはそうは言ってもそう変えられるものじゃない。

 という事は仕込みの量やタイミングを考えるしかない。


 という事で私が考えたのは、やはりオーバーナイト法。

 いまロケットベーカリーで行なっているオーバーナイト法はひと晩だけパン生地を寝かせているが、これをふた晩まで伸ばす。


 イーストや水分の量を調節したものを、実は土曜のうちに幾つか用意しておいたものを焼いて食べてみた。


 結果は重畳、ひと晩とふた晩の差はほとんどない。なんならパンの種類によっては若干旨くなったものもある。


 これなら体験パン屋の下準備に持ってこいだ――という事でだ。火曜と水曜は定休の月曜にまとめて仕込める。

 さらに金曜と土曜の分を木曜に仕込めたらバッチリだ。


 だから喜多には、木曜の午後は出来るだけ来て欲しい、と伝えるつもりだったんだ。



 ……しょうがない、たまにはケータイ掛けてみるか。

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