乙女ゲーの誰得かわからない追加要素

 しかし、喜びは絶望と同時だった。


 元は全年齢向けの乙女ゲームだった『乙女☆プリズム夢の王国』が、何と。


 スマホ版では基本無料の本編メインストーリーのクリア後に有料課金で購入できるイフストーリーが二本あることが判明。


 追加されたのは百合とBLモードのストーリーだった。

 元が乙女ゲームにも関わらず、だ。


 しかも追加されたBLと百合モードは、新規ストーリーでもルートでもなかった。


 乙女ゲーム本編のメインストーリーの『百合 バージョン』『BLバージョン』だったのだ。


 つまり、元々あった乙女ゲームのヒロインとヒーロー役の攻略対象者たち、そして魅力的な数々のサブキャラたちをそのまま流用した『百合バージョン』『BLバージョン』をオプション化してしまった。


 結果、大炎上した。


 本来の乙女ゲーム本編では攻略対象の青年たちと結ばれていたはずのヒロインは、


1.百合バージョンでは悪役令嬢と禁断の恋を楽しみ。


2.BLバージョンでは攻略対象の青年たち同士の恋愛に彩りを添えるモブ、いやむしろ彼らの愛を応援する腐女子化した。




 救いは、元々の乙女ゲームが全年齢向けだったため、百合とBL要素が追加されてもレーティングが全年齢のままだったことだろう。

 元々、恋愛描写のスキンシップは手を繋ぐかハグまでで、キスシーンすらシルエット表示だった安心の作品だ。


 家庭用ゲーム機時代の、元々の乙女ゲームのファンの反応は二つに分かれた。


 百合やBLという新たな世界に目覚めてしまった派と、あくまでも本来の乙女ゲームにこだわる派。


 前世の自分は百合もBLも苦手だったから後者だ。


 ただ、そんな素朴な乙女ゲームファンにとって試練があった。

 アプリゲームへの移植復刻版だけでプレイできる完全新作の特典ストーリーは、本編、百合、BLの全モード全ストーリーをクリアしないと解放されなかったのだ。


 百合萌えもなく、BL好き腐女子でもなかった前世のミナコは、百合とBLモードは高速文字送りとスキップ機能を駆使して薄目で確認するに留めた。




『やあ、ぼくはテレンス。王太子殿下のお世話役さ。この学園で知らないことはないから何でも聞いてね。さあ、まずは君の名前を教えてよ』


 甘そうなミルクティ色の巻き毛の美少年生徒が尋ねてくるままに、ダブルヒロインのどちらを選ぶか決めた。


 金髪のゆるふわ陽キャヒロインと、銀髪ストレートヘアのクール系ヒロイン。


 ミナコは銀髪ヒロインを選んだ。

 デフォルト名は〝カタリナ〟。聖女を輩出するパラディオ伯爵家の令嬢だ。


『三年のカタリナ先輩だね。これからよろしく!』




 毎日、通勤の電車の中で三十分ずつと、帰宅後の夕飯や入浴を終えた後の一時間を費やして、三週間ほどでクリアし終えた。


 ようやく特典ストーリーを解放し、オープニングアニメを見ることができた頃には感動してしまった。


「え、えっ、嘘、本編の皆が大人になった未来の話……!?」


 オープニングアニメでは、本編のヒロインやヒーローの攻略対象者たちの学生時代の姿と、大人に成長した姿の両方が出ていた。


 『乙女☆プリズム夢の王国』には、金髪と銀髪のダブルヒロインと五人の男性攻略対象、そして彼らの婚約者の令嬢数名が登場する。

 三十年も前の乙女ゲームだから、今のゲームほどキャラクター数は多くない。


 どうやら特典ストーリーでは、本編やイフストーリーズの〝その後〟が語られるらしい。


 先輩プレーヤーの若い同僚たちによると、物語のボリュームは本編に匹敵するほどだとか。



『ヒロインの名前を入力してください』



 本編ではお助けキャラが尋ねてくれたが、特典ストーリーでは味気ないダイアログのみ。


「あら、本編の〝カタリナ〟が引き継がれるわけじゃないのね」


 いざ名前をと言われても困る。

 かといって、自分の名前ミナコを入れるのもちょっと恥ずかしい。

 攻略対象からの「ミナコ、好きだ」なんて告白シーンをアラフォーおばさんが耐えられる自信もなかった。


 悩んだ末、ランダムで表示された〝エスティア〟でそのまま決定した。


『あなたの名前は〝エスティア〟ですね?』


 →はい


『ようこそ、パラディオ伯爵令嬢エスティア。本編から二十三年後のストーリーをお楽しみください』


 本編で選んだヒロイン、聖女で女伯爵〝カタリナ〟の娘だそうだ。


「そうか、特典ストーリーは本編キャラたちの子供世代のお話なのね」


 これはいよいよ期待が高まる。


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