71.レオvsでぶ双子

 

 ベルナールが、リビングデッドに成り果てたガエルっていう知り合いを自分の手で倒すことを決めたその時。

 井戸端に突っ立ってるだけだったヤセノとギススが、揃って動きを見せた。


 おっさんがガエルを自分の手で弔いたいっつうんなら、そうさせてやりたい。


「でぶ双子は俺が食い止めとくから、早めに済ませてくれよなっ」


 ベルナールにそう告げて、俺は邪魔になる双子を引き止めに向かう。

 双子は顔を上げ、腐った体も俺らに向けて動き出していた。

 二人一遍に相手するんだと、元の二人だったら楽勝だったかもだけど、リビングデッドの状態だともう一回“魔力纏い”を使わねえと、さすがに死ぬかもな……。


 マリアの援護は……?

 彼女のいる小屋の屋根へ振り返る。その姿に俺は目を剥いた。


「――マリアッ!! 大丈夫か!?」


 マリアは、屋根の上で青白い顔で杖を支えにうずくまっていた。


「ご、ごめんレオ……ちょっと、キツイ……かも」


 ちょっとどころじゃないくらい苦しそうだ。息も絶え絶えじゃねえかよ。

 それもそのはず。俺とおっさんが斧持ちに係りっきりになっていた間、見えてた限りで二十数体の武器無しリビングデッドを全部倒してくれてたんだから!


 俺はその亡骸を見回して思う。

 俺やベルナールは、『剣』っつう武器で直接魔石を砕けるけど、マリアはそれを魔法だけでやってのけたんだ。

 魔力的にもだけど、彼女がやっつけた中には女・子どものリビングデッドもいたから、精神的にもキツクないワケ無いよな……。


 くそっ!

 すぐにでもマリアの元に飛んで行って、せめて【酸素魔素好循環】を渡してやりてえ!

 ――でも、俺がそっちに行ってる間に、上位魔物の魔石でリビングデッドになったでぶ双子がベルナールの所に加わったら大変だ。


「……済まねえ、マリア。なるべく早く、カタ付けてくっから」


 絶対に守るって約束したのに……そんなになるまで気付かなくてゴメン。そばにいてやれなくてゴメン!

 心の中で謝って、不甲斐ねえ自分を怨みながら、でぶ双子に向かう。

 ベルナールとガエルは、もう互いの間合いに入っている。


 魔力纏いっ!!

 さっきよりも安定した魔力が俺を包む。

 双子に向かって足を進めながら、剣に、そして腕の小盾にも魔力を纏わせる。上手くいった。

 これなら、双子の力の直撃にも耐えられそうだし、得物の太い棍棒も斬って落とせるかも!


「ベェ、エエ゛……エェ」「デェ、エ゛エ……ヴッ」


 ヤセノとギススは、二人肩を並べて俺を濁った眼で俺を捉えた。


 ヤセノは青髪を汚く顔に垂らし、右手にぶっとい棍棒を握って。

 ギススは赤い鶏冠髪を枯れた雑草みたいに乱して、左手にぶっとい棍棒を握って。ギススは左利きか。

 そして、どっちもズタボロのズボンに半裸の上体。その土手っ腹だの脇腹だのから、はらわたや血の混じった脂肪を垂らしている。


 魔石の在り処は……ここからだと分からねえや。

 まあ、ベルナールがガエルを仕留めるまでの時間稼ぎの間に、魔石を見つければいいか……。

 ――ギィンッ!!

 その二人の大剣同士が衝突する音を切っ掛けに、俺は双子に向かって駆け出す。


 でぶ双子も俺に向かってるんだけど、二人とも足をやられてるみてえでズルズルと引き摺っていて動きが鈍い。

 魔力纏いで更に俊敏になった俺は、片方――ヤセノを標的に定めて左っ側に弧を描くように走る。


「まずはお前からだ、青でぶ!」

「ヴェ、ア?」


 俺の狙いに気付いたのか、ヤセノは棍棒を振り上げる。

 ――遅せぇよっ!

 俺は走ったまま、魔力を纏わせた剣の切先を地面スレスレに走らせ――。

 一歩前に出ていたヤセノの左脚……足首を、切れ味の増した斬撃で両断!


 リビングデッドのヤセノに痛みの反応は無かったけど、バランスが崩れて膝を突いて、振り下ろされた棍棒も俺を大きく逸れて地面を打った。

 これで更に動きを鈍くさせられたな。


「――うぉっ!?」


 俺がヤセノ側に回り込んだことで、ヤセノの背後に隠れる格好になってたギススが、棍棒を振り下ろしてきてた。

 ヤセノが膝を突いたから視界が開けて早く気付けたから、なんとかバックステップで避けられた。


 ブォン、ドォン――バギッ!!

 ギススの棍棒は渾身の力で振り下ろされたみたいで、野太い風切り音を残して地面に衝突、棍棒の先が縦に割れて破片がクルクルと飛んでった。残った棍棒は刃物みたいに鋭く尖ってる。


「……たまたまだよな?」


 俺がヤセノの足を斬らなくても、俺を引きつけたどっちかが姿勢を低くして、その陰からもう片方が攻撃してくるっつう連携技っていうことは無いよな?

 そう思うくらい淀み無い……躊躇の無い攻撃だった。実際、ギススの棍棒の柄部分がヤセノの肩に当たってその部分の肉を抉ってるし……。


 ギルドで俺に絡んできた時は、一人ずつかかってきたから、楽に倒せただけだったのかも。

 まあ、双子で冒険者をやり続けてたくらいだし、連携が上手かったとしても不思議じゃねえ。


 冷や汗が俺のこめかみを伝う。


 でも、魔物だぞ? 意志の疎通なんか出来ねえだろ。

 ――いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ!

 一瞬頭をよぎった有り得ない考えを、頭を振って消し飛ばす。


 ギススの方は、膝をついてるヤセノを力任せに払いのけて、すでに俺の方に向かって来てる。ヤセノも井戸の縁に手を掛けて立ち上がろうとしてる。

 離れた位置から、おっさんとガエルの剣戟がガンガンと響いてくる中、俺は剣を構える。


 左手に握る割れて尖った棍棒を、今度は横に振って近付いてくるギスス。

 馬鹿の一つ覚えみたいな渾身の振りじゃなくて、手首のスナップを利かせてひゅんひゅんひゅんひゅん風を切ってくる。


 ……振りが早くて踏み込めねえ。

 こりゃあ、盾で受け止めるしかねえな。


 左右に振られる棍棒を、後退しながら何度か遣り過ごしてタイミングを計る。

 ――今っ!

 左利きのギススの棍棒が右に振られた――俺の左っ側に振られて右に振られる前!


 俺はいつも通り【硬化】を掛けて、棍棒の軌道に盾を掲げて、【突撃】で踏み込む。


 バチィンッ!!

 耳元に凄まじい衝撃音、それに棍棒を受けた左腕にジンジンとした痺れを感じながら、飛び込んだ懐で俺はギススのだらしなく垂れた土手っ腹に【刺突】っ!

 はらわたと大量の汚ねえ脂肪が剥き出しの傷に、背骨を避けて突き刺す!

 骨に邪魔されずにギススの分厚い体を深く貫いた剣技は、脂肪も腸も背中の贅肉も、一気に穿って後ろに弾き飛ばした。


 瞬間。

 ギススの体が、俺から見て右に勢いよく倒れ込む。


「――っ!?」


 ギススを貫いている俺の剣が、巻き添えを食って右に持ってかれそうになって、慌てて腕を引っ込める。

 勢いで後ろに倒れるならまだしも、何で横に倒れるんだ?


 理由はすぐに分かった。

 ヤセノが腕でギススを押し退けたからだ。


 さっきと逆。ギススの背後にいたヤセノが強引にギススを押し退けて前に。

 そして、そのまま――。

 高く振り上げていた棍棒を、俺に叩きつけるように振り下ろしてきた。これは後先考えてない全力の振り下ろしだ!


 【刺突】で前のめりの体勢の俺に、バックステップの余裕は無い。

 貰っちまう!

 左腕の盾を頭の上に!


 一か八か――。

「うぉおお! 【ぶちかまし】っ!!」


 ――ズガァンッ!!

「ぐはっ……」


 リビングデッドの馬鹿力へのカウンターのシールド・バッシュ。

 盾が持つか、腕が持つか、賭けだったけど……両方耐え切ったみたいだ。信じてたぞ、魔力纏い!

 その代わり、物凄い衝撃が俺の骨や内臓に伝わって、血反吐が出た気がするけどな……!


 ヤセノの棍棒は根元だけを残して砕け散って、それを握っていた右手は衝撃で腕の肉が飛び散り、骨だけになって跳ね上げられている。

 それに、俺が足首を斬ってたのもあって、ヤセノはバランスを崩して後ろにぶっ倒れていった。


「――ペッ! ……ふぅー」


 前にヤセノ、右にギススが倒れてるのをちゃんと確認して、口の中の血を吐き捨てて、ようやく一息。


 なんとか凌げたけど……間違い無え!

 コイツら、かなり強引だけど、勝手に? 自然に? 連携になってやがるっ!!

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